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同性愛者がアイデアを育むうえで、一番の障害となるのは「社会の目」だと思う。

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当事者の恋だけで話を収め、二人が幸せならどうでもいいし、他人からなんて言われようが気にしない、というスタンスでいれば、同性愛に怖いものなんてなくなるわけだが、社会の一員として働いたり家族を持ったりしていくなかで、「同性愛」をカミングアウトして生きていくとなれば、今の社会では困難が立ちはだかることも多いと思われる。

要は、一般的な社会の価値観と相反する価値を持ったまま社会と交わろうとすると、苦労が絶えないわけだ。

だって、同性愛カップルが子どもを持つとしたら、凄い偏見の眼差しに晒されるわけだ。

何か悪いことをしたわけでもないのに、同性愛者の子どもというだけで、他の子どもたちはその子どもにも偏見の眼差しを向けてくるだろうし、いじめなり差別なりをする事例も出てくるわけだ。残念なことではあるが。

本当の意味で、社会が同性愛に理解を示すにはまだまだ時間が必要なわけである。

ところで、あなたが同性愛者であろうがなかろうが、あなたも社会の一員であることには間違いないし、何かしらの形で社会と接続していると思う。

で、ああー俺は社会に接してるなーと実感する一番の場所は「学校」や「会社」だと思う。

本来は何者でもない自分に、社会におけるアイデンティティを与えるのが「学校」や「会社」なわけだ。

構造的にそうなっているからこそ、社会においての地位をあげるのは学校や会社に頼るのが一番な簡単なわけであり、だからこそ多くの人は、大手企業を目指したり、偏差値の高い学校を目指したりするわけである。

社会という荒波を生きていくのを少しでもイジーモードにするために、そうするわけだ。

社会というのは、評価軸が残酷なまでに明白である。

東大生は褒める。

同性愛者には白い目を向ける。

褒める線引きと差別する線引きがハッキリしてるわけだ。

その価値判断が正しいか正しくないかはともかく、残酷にも明白な線引きがあるというわけである。

が、この社会というもの。

上手に接続できる人もいれば、上手に接続できない人もいる。

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冒頭で述べた、同性愛者もその一人だと思う。

社会に上手に接続する方法は、社会(大衆)が望む普遍的な価値を素早く読み取り、それを自分の側に寄せることである。

ただ、それを上手にできない人たちもいるわけだ。様々な理由によるだろうが。

そういう人たちは往々にしてどこかに逃げ込む。

それはTwitterかもしれないし、同じ趣味の人間が集う限定的なコミュニティかもしれない。

ライブハウスや、ロックという音楽もそういう要素の一つだと思われる。

ライブハウスはアンダーグラウンドな世界だった。

社会にはみ出し、どうしようもなくなった奴らが、社会から逃げつつもうっすらと社会に接続できる、そんな不思議な場所だった。

そんな背景もあるからこそ「ロックンロール」は良い子と対極の音楽だったりしたわけで。

よくダイブとかについて色々言われたりするが、こういう歴史的文脈を抑えながらダイブについて語ると、「ダイブ」への見方も変わるとは思うのだが、これについての話は割愛する。

何が言いたいのかというと、最近思うのは、ロック界隈も社会に接近してきているという話。

この5年で、邦ロックは良くと悪くも相当な市民権を得た。

一般人における各バンドの知名度も上がったし、フェスというものの認知度は特に相当上がったと思う。

アラサーやアラフォー、アルフィフのロック人口も増えてきたように思うし、若い子でロックしか音楽は聞かないという人も多いと思う。

ロック=社会。

それは、昔のライブハウスのような際どい社会との接し方ではなく、もっと直接的なものである。

そして、ここでいう「社会」とは同性愛者を差別するような、きな臭い意味での「社会」との接近も意味している。

例えば、対バンとかフェスの活性をみてもわかる。

いつも同じメンツのフェスと、しっかりコミュニティが築けている人間ばかりアナウンスされる対バンライブ。

その社会に接続できない奴は「いない者」とされ、社会から弾かれてしまう現実。

社会からの逃走として機能していたはずのロックが、いつの間にか「弾かれた者」を追い出す「社会」に成り果ててしまったわけだ。

ファンの振る舞いでもそれは言える。

ファンはいつしかマナーとかルールを声高に叫ぶようになり、ライブという空間を「学校化」してしまいがちだし、ルールからはみ出す者がいたら、魔女狩りをするかのようにSNS中心にそいつを叩き、追い込むマネをする。

浮気をしてマスゴミに叩かれるバンドマンと、その構図はどこか似ている。

浮気であれ、ライブでのマナー違反であれ、叩く余地があれば、そいつをコテンパンにぶち叩く。

某ミュージシャンの浮気を加熱報道したマスコミを「ゴミ」と罵った人が、ライブマナーをした人をやり玉にあげてSNSを通じて過剰に叩きまくっているのをみると、あなたたちがやってるのもマスゴミとまったく同じだし、人間はそういう性質を持ち合わせているからこそ、浮気話をネタにしてマスコミが「ゴミ」の行動を起こすんだよなあ、なんて思う。

思ったことをつらつら書いただけだから、今回の記事は良い落とし所が見つからないんだけど、社会とロックの関わりについては、もう少し色んな角度から考えるべきだよなあ、なんて思ったり思わなかったり。

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