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この前、我がブログにおいて、ある記事を上梓した。

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端的に申せば、その内容は下記のようなものである。

なぜ男心を歌った歌詞なのに、バクナンとかマイヘアの歌詞に共感する女子(特に女子高生)が多いのか?的なもの。

その記事では、頭の悪い女が増えたからだとか、女の恋愛趣向が男に似てきたからだとか、そもそもバクナンとかマイヘアのメンヘラ具合は普通の男のそれとは違うので「男心の歌」というより「女心の歌」にメンタル構造は近いのではないか?などテキトーな、それっぽい理屈を並べていた。確か。

その指摘がある程度の説得性があるかどうかはともかく数百人くらいは目を通してもらった気がする。

そんな中、当該の記事を読んだTwitterのフォロワーの一人がこんな反応を示していた。

以下、そのコメントの抜粋である。

それは共感しているというよりも、自分もこういうふうに愛されたいなーとか、こんな風に想ってもらえたらいいなーみたいな感じで投影しているんじゃないかなー

この言葉を聞いた瞬間、ドラえもんの漫画ばりに、頭上に電球が浮かびましたね。

つまり、彼女たちは歌詞のメッセージに共感をしているというよりも、歌詞で描かれる物語に自己を投影しているというわけだ。

歌詞的な言い方をすれば、彼女たちは「僕」という一人称ではなく、「君」という二人称に自分を代入しているという感じ。

彼女たちにとって、雄バンドマンの恋愛歌詞とは、オタク界隈でいうギャルゲーや萌えアニメと同じなのである。

そこで展開される物語に随時にブヒっていき、アヘッていき、興奮してアドレナリンをどちゅーんとさせるわけである。

もちろん、そういう聴き方をしている人が全てというわけではないだろうし、そもそも歌詞というよりも音楽そのものが好きなだけだから一緒にしないでくれ、という人も多いとは思う。

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が、マイヘアにどハマりしている女子をみていると、どうにも椎木を性的な眼差しで見ている人が幾らか散見されるし、そういう人間は歌詞だって、そういう「自分のための甘い言葉」として、耳に焼けつけているのではないか?なんて思ったりするわけだ。

一旦こうなると、言葉は加速する一方である。

アーティストが「愛してる」をどれだけ私信なメッセージとして放ったとしても、この「愛してる」は自分に向けられたものだと錯覚しちゃったりするし、それがエスカレートして、恋に落ちてしまったりするわけだ。

いわゆる「ガチ恋」モード突入的な。

こうなるとそのファンの目はただのふし穴になるし、歌詞の言葉に依存する恋愛が始まってしまうかもしれない。

いや、知らんけどね。

それにしても、昔の邦ロック界隈では、そこまでバンドマン自身にお熱になる事例ってあんまりなかった気がする。

どちらかというとそれは、V系界隈のお家芸だったわけだ。

それがいつしか、邦ロック界隈でも発生するようになった。

これは、疑似恋愛な視座でバンド音楽を楽しむ人間が流入してきたということだろうか。

確かに、昔に比べてオシャレな感じのする女子が増えたなーという気はするが。

まあ、それで本人が楽しいならそれはそれでいいとは思いますけどね。

けど、あえて言いますよ。

ガチ恋はやめたほうがいいです!以上!

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