LINEで送る
Pocket

すぐに「社会」を悪にして、すぐに大人を「悪者」にして、すぐに「日々の生活に鬱憤があり、それを晴らすためにライブにきているんだろう?」みたいなMCをバンドマンはしたがる。

スポンサーリンク

確かに、何もかもが順風満帆にいっていて、悩みなんてひとつもない人はいないだろうし、多かれ少なかれ、誰でも日々の生活に鬱憤だって溜めているとは思う。

が、学校や仕事=ストレスであり、そのストレスを晴らすためにライブに来てるんだろ?今日は好きに暴れていいから嫌なものは全部置いてけ、なんて言い草をされると、ちょっと違うんだけどな〜と思わなくもない。

要はネガティヴな感情を冗長させて、それをライブのエネルギーにして、ライブの高揚感をあげるという策略が見え透いてしまうのであり、そこまで「悪」を決めつけて、ネガティヴなエネルギーを引き出さなくてもなーと思うわけだ。

でも、ネガティヴ発信の言葉は人の感情を「うおおおおお」とさせがちなのである。

これって何かに似ていると思わないか?

そう。煽り系記事である。

ちょっと前にTwitterなんかで話題になった「10人も集客できなければバンドをやめた方がいい」みたいな、煽ったタイトルの記事があったが、あれこそまさに典型的な煽り系記事だと思う。

タイトルでネガティヴ発信の言葉で人を煽り、人の注目を集め、内容を読ませるわけだ。

ネットメディアは記事のタイトルを煽りがちである。

なぜなら、内容はともかくタイトルは煽る方が見てくれる人が多くなるから。

好意的であれ否定的であれ、まずは読まれないと、存在していることすら忘却されるのがネットメディアというもの。

記事のタイトルで煽るのは、生きていくためにはある程必要な技法なわけだ。

とはいえ、タイトルでも煽り、本文でも煽り、結論でも煽りっぱなしだとその記事はお餅のように叩かれて終わる。

タイトルは煽ってるが、本文はウィットに富ませるのがライターの腕の見せ所となるわけだ。

要は、外は煽って中はウィットに、というのが大事なわけである。

メロンパンみたいに表と中身で違いを見せるのが大事なわけだ。

で、この「煽る」って、ネットメディアのタイトルも、バンドマンのMCも同じだよね、っていうのがこの記事のテーマ。

スポンサーリンク

考えてほしい。

バンドマンがMCでネガティヴなキーワードを使って煽るのも、ネットメディアがネガティヴなキーワードを使うのも、やってることは同じである。

日々の生活に不満を持ってそれを晴らすためにライブハウスに来たんじゃなくて、純粋にそのバンドが好きでそのバンドのライブが観たいから来たとしても、「学校や社会の嫌な思い、ここで全部爆発させろ」みたいなことを言われる。

いやいや、わたし、そんなつもりじゃありません、日々の生活とっても楽しいですし、という人の意見なんて無きものにされてしまう。

バンドマンはライブに来ているお前たちがキラキラなエリート人生を送れているわけがないと言わんばかりに、煽りまくるわけだ。

もちろん、MCで煽っていてもライブで魅せるわけだ。

この辺のギャップ(という言い方が正しいかは微妙だが)が大事というところもネットメディアとライブは似ている気がする。

大事なのは中身なわけで、それはネットメディアもライブな同じなわけだ。

ただ、ネットメディアのタイトルであれ、ライブのMCであれ、すぐに過剰に煽るのはどうかという気もする。

少なくとも、ライブにくる奴は世の中に不満を覚えている奴だ、という考えが支配的になっていることに対しては、ノーを突きつけていきたい。

ライブには行くのは勇気をもらうためであり、今でも十分充実している日常を、さらに「良いもの」に変えるためにライブに来たんだ、みたいなスタンスでもいいと思うし、そういうスタンスを肯定的に捉えるライブがあってもいいのではないかと思うわけだ。

ネガティヴからポジティブではなく、元々それなりにポジティブからスーパーポジティブに、みたいな感じにしていくというか。

ネットメディアのタイトルだって、ライブハウスのMCだって、わざわざネガティヴ発信をする必要は、必ずしもないんじゃないかという提唱。

そりゃあ、ネガティヴ発信の方が食いつきはいいのはわかってる。

けれど、それが習慣化すると、どんな発想もネガティヴ思考になるからあんまり良くないのだ。

少なくとも、僕はライブに行くのはネガティヴな感情を浄化させるためではなく、「よし、これからももっと頑張ろう」って気持ちをリセットさせて日々の生活をより頑張るための「エネルギー」をもらうための場所だったりするし。

まあ、煽るのは程々にね、ってこと。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket