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皆さまはうんこを漏らしたことがあるだろうか?

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ほとんどの人は首を横に振るかもしれない。

けれど、僕はある。

ウンコを漏らしたことが。

シラフにも関わらず。パンツの中に。

しかも、これ、物心ついてすぐとかではなく、中学校の卒業式の話だったりする。

なぜこんなことが起きたのか?

話せば長くなるので、掻い摘んで話すと、その日はお腹が痛かったのだ。

常にお尻の穴あたりがぎゅるるるる、と唸っていて、ウンコをしてもビッチビチのやつが出てくるばかり。

けれど、この日は卒業式だったから安易にトイレに駆け込むこともできなかったのだ。

あ。待ってほしい。

別に式中にウンコは漏らしていない。

そこは耐えた。安心してほしい。

けれど、僕は式中も我慢に我慢を重ねた。

卒業式が終わっても友達と集まってなんやかんやしたりするわけで、気がつくと僕は友達とグダグダしていた。

どんなことをグダグダしていたのかは覚えていないが、そこに異性は一切おらず、モテない男どもと下品な話をしていたことは間違いない。

そんなこんなでその場も解散した。

僕は自転車で帰宅する。

そのときだった。

自転車漕いで家に帰る道中、お尻に強烈な波が押し寄せてきた。

それは例えるなら「うんこの津波」がお尻の穴めがけて押し寄せてきた、と言ったところだろうか?

それまで防波堤として圧倒的防御率を誇っていたケツの穴が「ごめん。これは無理だわ」とあっさりと反旗を翻し、お尻の穴は緩められてきまい、そこから沸騰したヤカンのお湯のように面白いくらいにウンコが溢れ出てくるのだ。

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気がついたら僕のパンツの中はビチョビチョのウンコを塗れ。

人影に隠れ、家の近くの田んぼでウンコまみれになったパンツを脱ぎ捨て、ノーパンで帰宅した。

最初で最期のノーパン帰宅である。

今は、ただあの田んぼを持っていたおじさんに謝りたい。ごめんなさい。

そして、そのとき僕は痛感したのだった。

本当に限界がくると、人間って簡単にウンコを漏らしてしまうのだ、と。

そしてこれって、お尻の穴とウンコの関係に限らず、どんなことにも言えると思うのだ。

自分こ理性や意志が、別の要素に超越されて、乗り込まれてしまう瞬間というのは、突如として襲いかかってくるのだ。

考えてみると、音楽に頭をガツーンとされて、衝動が抑えきれなくなり、気がついたら行動(ダイブなりモッシュなり)を起こしてしまう、というのは、我慢ができなくなってついついウンコを漏らしてしまうのに似ていると思う。

本気のダイブ=ウンコ漏らし、なのだ。

思えば、ダイブの衝動なんて死んでもわからない、という人は「ウンコを漏らすこと」とは無縁な、クリーンな日々を過ごしていそう人ばかりだし、ダイブに毒された人間のほとんどはウンコを漏らす側の人間のように見える。

何が言いたいのかというと、ライブって往々にして音楽が理性を超越することってよくあるよね、という話であり、それはウンコを漏らすことと似ているよね、っていう話。

最近の若手バンドなんかは、衝動のダイブより予定調和なリフトからのクラウドサーフが多いとのことだが、おそらくそれはウンコを漏らしたことがないのに、ウンコを漏らしてきた人間のマネをするからそういうことになるのだと思う。

オーラルとかフォーリミとか、ウンコは不似合いなくらいに「整ったロックバンド」だし、そういう要素がなおのこと、ロックキッズからウンコ的衝動を遠ざけているのだと思う。

ウンコを排斥して綺麗にしていくのも悪いことではないけれど、ウンコにはウンコの良さ、大切さがあるし、少なくともライブハウスってそういう漕ぎたいなものなんだよな、っていう話である。

ところで、話は変わるんだけど、フェスでの女子トイレって死ぬほど並ぶじゃん?

もし、女子の中で死ぬほどウンコがしたくて、今排便しないと漏れちゃう!という人はどうやってあの修羅場を耐えているのだろうか?

わりと謎である。

いつぞやのライジングサンでは軒並みの便器が使えなくってしまったせいで、会場内で野糞をする人が発生するなんて、クソみたいな伝説もあったりするのだが、流石に、その辺の女子はどれだけヤバくても野糞なんかはしていないと思うので、どうやってあの修羅場をくぐり抜けているのか気になるところである。

色々と脱線したが言いたいことはただひとつである。

お腹が痛いときは恥ずかしがらずにトイレに行けよ、ってこと。

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