LINEで送る
Pocket

今年は何かと自然災害により、楽しみにしていたイベントが中止になる事例が起こっている。

スポンサーリンク

多くの方の記憶にも刻まれているのが、連日の降雨とそれに伴う二次被害の可能性を考慮して決断された、京都大作戦の両日の中止だと思う。

この報を聴いて「まあ、中止という判断は妥当だろう」と思う人の方が多かったとは思うが、悔しさと悲しさで何とも言えない気持ちになった人が多かったろうと察せられる。

毎年、この日にために生きているのに、って人もそれなりにいただろうし、そんな人が中止の報を聴いたときの絶望感は相当なものだったんじゃないかと想像される。

きっと、オカンにセンズリを見られてしまった以上の絶望感だったのではないかと思われる。

しかし、邦ロック勢の悲劇はこれだけに終わらない。

毎回ここぞというタイミングで、接近してくる台風は色んなイベントを中止に追い込んだのだ。

ワイバンの2日目の中止や、ナンバーショット2日目雷雨による短縮は、記憶に残っている人も多いと思う。

この日が楽しみで生きてきたって人もそれなりにいただろうし、そんな人が中止の報を聴いたときの絶望感は相当なものだったんじゃないかと想像される。

きっと、駅のトイレで渾身の排便をかました後にトイレットペーパーがないことに気づいてしまったとき以上の絶望感だったのではないかと想像される。

荒天なんだから中止にしないといけない。

理屈ではわかっているし、頭では理解しているつもりだけど、やっぱり悔しいし悲しいしやりきれない気持ちが強くなってしまうと思うし、天候よ。。。空気読めよ。。。って気持ちになった人も多いんじゃないかと思う。

天候が空気を読んだ瞬間

しかし、逆に天候側が空気を読んだ事例もある。

フジロックがその代表例だ。

開催の少し前までは、台風が直撃すると言われ、悪天候のなかでの開催どころか中止も止むなし、そんな空気がとんこつラーメンよりも濃厚だったなかで、奇跡が起こった。

台風が大きく逸れたのだ。

人は、これを小田和正の奇跡と呼ぶ。

まるで、小田和正の「Oh! Yeah!」のジャケットのように、台風は途中で大きく進路を変えて、普通ならありえない軌道を描いて西の方に進んでいったのである。

これに関しては、ホルモンのダイスケはんもフジロックのライブのMCで克明に解説されている。知らない人はぜひTwitterでエゴサしてほしい。

とにもかくにも、台風の進路が変わったことにより、フジロックは無事開催できたわけだが、そのせいでワイバンの二日目が中止になってしまったのは何とも皮肉な話である。

スポンサーリンク

なぜ、こんなことになったのか

おそらく多くの人が頭の中に疑問を抱いたことだろう。

なぜ、このようなことになったのだろうか、と。

今年は異常気象が多く、天候側が空気を読めなくなってしまった。

そう捉える人もいるかもしれない。

が、ここである仮説を唱えてみたいと思う。

もしかすると、天候は空気が読めなくなったのではなく、あまりにも邦ロックが好きすぎて、うっかり「参戦」しようとしてしまったのではないか、と。

だって、おかしな話である。

なぜ台風はフジロックを避けて、ワイバンの方に向かおうとしたのか。

なぜ、小田和正の奇跡を起こすに至ったのか。

それは、台風が邦ロックをとても好きだから、という説明で理由がつく。

そうなのだ。

あいつは、洋ロックは守備範囲ではなく、ワイバンのメンツの方が「熱い」と感じたため、途中で気が変わってしまったかのように、あんな意味不明な軌道を描いてみせたのだ。

そして、この仮説を裏付ける衝撃的事態が起こる。

8月8日に、台風が関東に向かって直進してきたのである。

8月8日。

おそらくほとんどの邦ロック好きにとって、この日付が特別な意味を持つことはお分かりだろう。

そうなのだ。

この日はおよそ10年ぶりにエルレガーデンがライブのステージに立つ、記念すべき復活の日なのだ。

数多くのチケット難民が今でも「なんとかしてエルレのライブに行くにはどうしたらいいのか」と頭を抱えていたりするわけだが、それは人間だけではなかった。

台風だって、エルレの復活を見届けたい。そんな気待ちが強かったのだ。

だから、遠い場所から、日本大陸にわざわざやってきてしまったのだ。

しかも、ご丁寧に、台風のナンバーは13である。

エルレにもっとも縁のある数字を背負った台風が、俺もエルレの復活を見たいぞと言わんばかりに、うっかり日本に上陸しようとしてきているのである。

空気が読めなかったんじゃない。

僕たちと同じように、台風も、自然の側も、我慢することができなかったから、うっかり日本大陸に顔を出してしまったのである。

まとめ

なーんて記事を書くとふざけんな!!!みたいなリプが、いつぞやの降雨のように降り注ぎそうなところではあるけれど、でも、あながち間違いではないんじゃないかと僕は思うのだ。

自然だって意識を持っているし、表情を変えるのである。

ジブリ映画で「自然」を学んだ僕はそんなことを思ってしまう。

もののけ姫であれ、風の谷のナウシカであれ、自然が人間に牙を剥くときはそれなりに理由があるのかもしれないし、やたらフェスやライブに自然災害が重なるのは、自然側が「俺も参戦させてくれ」とメッセージを放っているだけなのかもしれない。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket