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どれだけの人気のバンドだって5年もあれば浮き沈みが出てくる。

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今から5年前といえば、2013年。

その頃といえば、the telephonesがブイブイ言わせてて、KANA-BOONやグドモやキュウソ辺りが台風の目のごとくその存在感を強めていた時代。

THE BAWDIESはまだホットドッグなんて販売していなかったし、ドロスは当然まだ [Champagne]だった時代。

ドロスは例外として、ずっと右肩上がりで人気を維持するバンドなんてほとんどいないことがわかる。

なぜそうなるのか?

理由は色々ある。

「カッコイイバンド」が出たらすぐにそっちに乗り換える邦ロックビッチが多いとか、音そのものじゃなくて「見た目のカッコよさ」だけで聴くバンドを選ぶ邦ロックビッチが多いとか。

けれど、それよりもなによりも大きいのは、ファンの世代が変わるということ。

どうしても若者がコアターゲットとなるロックミュージックにおいては、3年単位で客が入れ替わりがちで。

というのも、学生であれば3年単位で進学や就活などで生活を激変させることが多いため、どれだけ熱狂的に応援してくれていたファンでも、あるタイミングで現場から離れる可能性が高い。

荒波に揉まれながらなんとか社会人になっても現場に居続けてくれた人も、やがては仕事が忙しくなってきたり、結婚したり、子どもができたりして、どうしても現場から足が遠いてしまう。

一度、現場から足が遠のけば情報難民となってしまい「邦ロックの沼に浸かっていたこと」も思い出化されてしまう。あのとき、溺愛していたバンドのことも思い出化してしまう。

だから、次の世代の若者を囲い込めなかったバンドはどうしてもお客さんの数を減らしてしまうし、場合によっては活動を止めざるを得なくなる。

ネット文化が発達した昨今、情報のサイクルはより加速しており、昨日までは絶対王者として君臨していたバンドがあっという間に「過去のバンド」になったりすることもある。

若者は良い意味で新しいもの好きだから、なおのこと、そういう興亡のサイクルが速くなりがちなのだ。

考えてみたら、あのmixiすら「死亡」したのだから、流行り廃りなんてあるわなーと思ったりして。

そんななか、5年前と変わることなく、その存在感を保持しているものがある。

何か。

日タグである。

邦ロックをアピールしながらTwitterをしていると「#日曜日だし邦ロック好きな人と繋がりたい 」「#日曜日だし邦rock好きな人と繋がりたい 」「#日曜日だし邦rock好きなフォロワーさんが増えることを願う 」などのタグと出くわす人も多いのではなかろうか?

僕の記憶が正しければ、このタグって数年前から存在しているんだけど、ネットスラングも流行語も流行り廃りが激しい昨今において、これほど長くネット空間で同じ文言が使用されている例とないのではないかと思う。

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しかも、いわゆる老害のオモチャとして使われているのではなく、(おそらくは)高校生と思われるアカウントが一生懸命このタグを使っているのだ。バンドでもなかなか超えられない世代の壁を、このタグは超えているのだ。凄い。

先ほどもみてもらったように、5年前はブイブイ言わせていたバンドの多くは、人気の翳りが出てるわけですよ?

なのに、このタグは存在感に翳りを見せるどころか、今でも一大勢力として日曜日のTwitterのタイムラインに君臨してるんですよ。

5年前の絶対王者として君臨していたサカナクションもびっくりの存在感である。

そして、サカナクションがびっくりするのは息の長さだけではない。

この日タグは、どんどんと「ビジュアルに特化」しているのである。

このタグが出始めた当初は、ツイート欄に好きなバンド名を列挙して、共通のバンドがいる人はその人をフォローする、というような繋がり方をしていた。

けれど、近年は好きなバンドが何なのか?である以上に、いかに芸術的な画像を持ってして日タグのツイートをして、リツイートなりファボなりを稼ぐことができるか?みたいな、ある種の芸術的パフォーマンス化、いわゆるサカナクション化している部分が強い。

たまに芸術性で数字を稼ぐよりも、あざとい自撮りや際どいプロフィールを晒すことで、数字を稼ぐ、ポルカとかリビジョン的な戦法をする奴らもいたりもするが、基本はサカナクション化しているアカウントが多いイメージ。

まあ、いずれにせよ、タグがビジュアルありきになっていることは間違いない。

そして、その変化が単純に面白いなーという話。

で、バンドは流行り廃りが激しいなか、日タグがずっと生き残り続けているのは、なぜなのかを考えてみたら、そういう「変化」を厭わなかったからなのだろうなーと思ったわけだ。

日タグというのは「好きなバンドが同じ人同士が繋げるためのツールである」という考えが支配的だとしたら、あるタイミングで日タグって存在感を弱めたと思うのだ。

けれど、ある種の承認欲求を満たすためのツールに化けたり、若い子が「面白い」と思うアイデアを取り入れて日タグを進化させたからこそ、日タグって今でも残ったのだと思う。(まあ、意地悪い言い方をしたら、人の欲望とコミットし続けたからとも言えるんだけど)

こういう「進化」という要素においては、バンド側も考えなければいけないのかもしれないなんて思う。

2013年のときにブイブイきてて、今も人気のバンドと、そうじゃないバンドの違いってそこだなーと思うから。

日タグが今でも勢力を強めてTwitterに残っていることとリンクする部分ってあるよなーと思うから。

なーんて、偉そうなことを書いてみたけれど、伸びる日タグのほとんどはイケメン・美女だったりするから、アレなんだけどね。

バンドも日タグの伸びも結局は顔なのかもしれない、というオチ。

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