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16年ぶりだよ。

出てくる言葉は「待てせやがって、この野郎」だよ。

ってことで、昼飯食う時間削って必死こいて近くのタワレコで買ってきたよ。

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で、今作は事前告知なしで、店頭に行ったらいきなりハイスタの新譜が置いてあるっていう驚き使用で、店舗の人も直前までデータはダミーで、ポップは情報が届いてから解禁になるっていう徹底ぶりだったのだとか。

いずれにせよ、ファンでハイスタの新譜が置いてあるのを最初に見つけた人の驚きって凄かったんだろうなあという妄想をしつつ、オールドキッズでいっぱいになっていたタワレコでハイスタの新譜を買ったのだった。

さて、文字通りのサプライズでCDを世にリリースしたハイスタなわけだけど、そのことを「CDが売れなくなることに対する下剋上」とかそういうニュアンスで語るのは、今回は止めにしたい。

ビジネス的にどうとか、広告的にどうとか、そんなもんどうでもいいのだ。

ハイスタの新譜がリリースされた。

そして、それを買って聴いてしまった。

この事実だけで、今はもう十分なのである。

確かにハイスタが新作を出していない16年間、邦ロック界に良いバンドがたくさん生まれたし、シーンを盛り上げるような活躍をしている。

メロコアとかパンク系だけに限っても、同じことだ。

WANIMA、04LSはもちろんのこと、今日新譜をだしたMINAMI NiNEとかも勢いにのってきているし、SHANKやらBUZZやらBONEZやSiMやらディジーやらロコやら名前を挙げていったらキリがない。(おっさんと若手を混ぜておるが)

で、色んなメロコアバンドが登場するということは、色んなバンドが色んなチャレンジをしていくことを意味するわけで、昔の音楽の良いところだけをどんどん盗み、それをパターン化して、アップデートしていくことを意味するわけだ。

今となっては、ハイスタがやっていることに「新しさ」「斬新さ」は皆無なわけだ。これだけの時間が経ったのだから。

昔は新しいと思われていたハイスタの音楽というものは、下手をすれば古臭いものになってしまっているというわけである。

特にハイスタの頃と比べて明らかに違うのはBPMの数値であろう。

とにかく今の若い子の音楽は「速い」ものが多く、暴れやすい音楽になっている。

今の若い子にモッシュレインボー聴かせても、どこでモッシュするの?ときょとんとしそうなものである。

まあもちろん、おっさんである我々からすれば、ハイスタの昔の音源は思い入れのカタマリなわけで、それを聴けば今でも沸き立つものがあるのだが、それは思い出補正のなせる技なだけなのかもしれない。

そんな前置きをしたうえでの今回の新譜である。

正直、期待したわりには大したことないんじゃないか、あのとき感じていた衝動を裏切れる結果になってしまうのではないかと心配だった。

自身ソロ作では、パンクではあるまじき「センチメンタル」について歌っちゃってた健さんと、正直ソロの歌は微妙な作品が多かった印象の難波さん(これは俺の偏見です。すみません)と、チャットモンチーの後ろでドラム叩いていた姿は、もはやただの優しそうなおじさんだった恒さんの3人がそろって、いまさらどんな音を鳴らすのか、どんな新作を作るのか正直不安だった。

新譜はすごく嬉しいけど、昔の悪い意味での焼き直しの、これじゃない感を聴かされたらどうしようと不安だったのだ。

結論を言おう。

もちろん、それは杞憂だった。

難波さんの伸びやかなボーカルに健さんの声が絶妙に絡んでくる。

難波さんの力強いベースと、安定感と早さのある恒さんのドラムがビートを作り、その上を攻撃的な健さんのギターが自由に踊るような感じ。

トリッキーなことは特にしていないのだ。

目を見張るような音楽的チャレンジは特にしていないのだ。

コピーしようと思ったらできそうなレベルの音楽しか鳴ってはいないのだ。

でも、やっぱりかっこいいんだよ。吸い込まれちゃうんだよ。聞きほれてしまうんだよ。

音楽って技術だけじゃなくて魂があってこそだと思うんだけど、ハイスタの音楽は紛れもなくそれが宿っている。

今作にもしっかりそれは宿っていたのだ。

言葉にするとえらいチープになってしまうけれども、そういうことなのである。

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さて、「もうひとつのスタートライン」というのが今回のシングルのタイトルだ。

そして、表題であり、CDの2曲目に収録されているこの歌の歌詞の日本語訳はこんなふうになる。

家に帰ってきたよ
オールドキッズはいい感じさ
キミがまた僕に戻ってくるとは思いもしなかったけど
生き返ったみたいさ
僕の目の前には真新しい日々
そうさ、キミはいつも僕の心の中にいたんだ

昨日までの事はおいていこう
もっとやるべきことがあるから
時はいつだって僕の味方なんだ

だから今キミのために歌うよ
キミも歌ってくれたらいいな
ずべて大丈夫なんだ
僕たち大丈夫なんだ
これはもうひとつのスタートライン

これはラブソングじゃない
僕たちの時代のストーリーの歌
すべて大丈夫なんだよ
僕たち大丈夫なんだ
これはもうひとつのスタートライン
キミと僕への

僕が変わったと言うヤツら
僕に過去に生きていてほしいんだろうけど
僕はゾンビじゃない
長持ちするように作られてるんだ
時が経って
キッズが街に戻ってくる
今、街の灯りもみんなの上に灯っていく

昨日までの事はおいていこう
もっとやるべきことがあるから
正しいことをするのに時を選ぶ必要はないんだ
ノスタルジーには浸らないよ
もっとやるべきことがあるから
正しいことするのに時を選ぶ必要はないんだ

ハイスタが活動休止する前からハイスタを聴いていておっさんがこんな歌詞読まされたら、泣いてまうで。

この歌はこれからもハイスタは前を向いて進んでいくことを宣言するとともに、それは「前と同じ」ではない、確かな新しい一歩の表明なのである。

オールドキッズにも、そして新しいキッズにも、しかるべきメッセージを伝えるために、ハイスタは動き出すわけである。

この歌は、ハイスタの名作「メイキング・ザ・ロード」(自分が作った道)に対するアンセムでもあるのだろう。

俺たちはひとつのでっかな道をつくり、そこで止まったから、新しい道つくりなおすわ、ってことなのだろう。

その道のひとつの到達点として、エアジャム2000はあり、それを最後にハイスタは一度足をとめてしまった。

けれど、その11年後、エアジャムというイベントで彼らはまた動き出した。

その5年後となる今年、エアジャムはただのノスタルジーのイベントにさせないために、あえて色んな若手のバンドを呼んで、そして旧友はあえてほとんど呼ばず、今年のエアジャムを開催することを決心したのだろう。

2015年に尽未来祭をはじめ、3つのイベントに出たかれら。

俺も尽未来祭のハイスタは生で観たけれど、そのときのハイスタはすごくリラックスして、楽しそうにライブをやっていたように感じた。(おそらくあの場にいた誰もがそう思ったと思う)

2011、2012年のときとはそこが大きく違っていた。

だからこそ、自信をもってこんなことを「歌詞」にすることができたのだと思う。

スタートラインに立てる、僕たちは大丈夫だって思えたから、この歌はできて、こんな歌詞を書いたのだろう。

ところで、2016年、エアジャムは九州で開催される。

なんでいきなり九州なんだよ。関西にも来いよと思う関西人の俺。

おまけにショートツアーは全部東北だし。なんだよと思わなくもない。

でも、知っているんだ。

2017年、おそらくハイスタは17年ぶりに関西にライブをしにくるってことを。

結成20年、そしてイベントとしては10年という節目を迎える、どっかのでっかい丘を越えたイベントのステージに立つのだろう。

ハイスタはそのつもりだったから、今年はあえて九州を選んだのかもしれない。

俺はとりあえず、あの丘でハイスタが来るのを待ってるよ。

という布石。

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