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今の邦ロックを語る上で重要なバンドのひとつとしてサカナクションが挙げられることは多い。

今回はそのサカナクションのフロントマンである山口一郎の歌詞の魅力について語ってみたい。

山口の歌詞には頻出のワードが幾つかある。

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ほとんどの歌に登場してくるのが「夜」」というワードだ。

今までにリリースされた12枚のシングルだけでみても、およそ半分の曲で「夜」というワードが使われている。

ちなみに出てくるシングルは「セントレイ」「アルクアラウンド」「ルーキー」「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」「僕と花」「夜の踊り子」「さよならエモーション」「蓮の花」となっている。

どうみても「夜」の登場頻度が高い。

つまり、山口一郎の歌詞を考える上では「夜」というワードはとても重要となるわけだ。

それぞれの曲が、「夜」とどういう関わり方をしているのか、あるいは「夜」という言葉がどういう意味、どういう効果をもたらしているかを考えていけば、それぞれの歌詞の世界観なりメッセージなりが見えてくるということである。

アルクアラウンドの場合

例えば、アルクアラウンド。

この歌の「夜」は「新しい夜」という形容のされ方をしている。

夜というものが「更新されていく」サマを描いているわけであり、しばらく日差しが登ることはないことも予感されるわけだ。

また、夜のことを歌詞中で言い換えており、「うねり」という言葉を使用している。

「また歩き始める」という言葉もサビで登場してくるように、どうやら僕はぐるぐると暗いところを歩き続けている、という印象を与えていいるように感じる。

アルクアラウンドとは、「歩くaround」であり、ぐるぐると歩き続けているサマを造語で表現しているわけで、これはおそらく分かりやすいような光が差すのははまだ先の未来であっても、自分なりにその闇に対して意味や希望を見い出し、歩いていこうと決心する歌なのだろうと察する。

つまり、夜という言葉はあまりポジティブな意味には使われていないことがわかる。

ただし、その夜を少しでもポジティブに捉えようとしていくのがアルクアラウンドという歌なのだ、というふうには言えるかもしれない。

さよならエモーションの場合

さよならエモーションはどうだろうか。

この歌も注意深く見ていけばわかるが、夜という言葉自体はポジティブな意味として使われていない。

先行きのない光のない今のことを指して、夜と形容することが多い。

なぜ、山口はポジティブではない現状を夜という言葉にいつも置き換えようとするのか。

これは山口が実にアーティスティックな人間だからと言えるだろう。

絵面としてはキレイなものを届けたいと考えるからこそ、暗いものはすぐに「夜」という言葉に置き換えて、濁してしまうのだ。

夜と聞けば、それだけでなんだか歌詞としては、キレイに見えてしまう。

それはサカナクションがどのバンドよりもライブ演出などのビジュアル面でもこだわってきたことを体現している事実でもあるわけだ。

なにより、一郎氏は夜という時間が好きで、夜にばかり曲を書いているという事実も少なからず関係はしているのだろうけども。

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