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YUKIのニューアルバム「まばたき」に収録されている「聞き間違い」の歌詞について書いてみたい。

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*歌詞については他サイトから確認してくださいな。

J-POPって、風が何かを囁きがちというか、「風」は色んなことをよく知っている良い奴みたいな感じで描きがちである。

この歌も同様に「風」が囁くわけだが、しかし凡庸なJ-POPとは少し「風」の描き方が違うのだ。

どういうことか?

まず、「大丈夫」と囁く風は、今吹いている風ではないということ。

それどころか風が「大丈夫」と呟いたどうかは判然としておらず、あくまでも主人公が「そう聞こえた」と判断しただけのことなのである。

「風向きが変わっていっても」というフレーズや、冒頭で風に言葉を遮られる描写があるように、風は味方にもなるし敵にもなるような描き方をしているし、そもそも風は風でしかなくて、完全なる風の「擬人化」を行なっているわけではないのだ。

あくまでも、主人公のフィルターを通して、風を描写しているに過ぎないわけだ。

ちなみに、冒頭の風のせいで言葉が聞こえなかったというフレーズに関しても、おそらく主人公は君の言葉が「聞こえていた」のだろうが、(だって風が「大丈夫」というのが聞こえるくらいの聴力は持っているのだから)、聞こえた言葉が、あまり耳を傾けるべきではない弱気な言葉だったから、聞こえなかったふりをしたのだと思われる。

風を上手に扱うことで、君の風向きを良くしよう、というのがこの歌の大まかな方向性であり、だから主人公は都合よく風を「解釈」し「利用」するわけだ。

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また、この歌は視覚的情報の多い歌である。

一番では、その視覚情報は「君」に焦点を当てている。

君の表情をしっかりと描写するフレーズが多く、「哀しみが頬を伝う」というフレーズにより、君が泣いていることも明らかにしていくわけだ。

一方、二番では、少し視点を引き気味にして、ロングカットで街並みを映し出す描写をしている。

そんななか、YUKIの歌詞の特徴である、現実のものをそのまま述べた単語と、現実を一旦ファンタジーに置き換えて(要は比喩にする)述べた単語を錯綜させる技法がふんだんに使われている。

象徴的に出てくる単語だけみても、下記のようなものを引き抜くことができる。

折り鶴

大都会の魚
互い違いのボタン
おいしい夢
ふわふわの雲
とびきりの変顔

さて、上記単語はおそらくこのような意味で使われていると思われる。

折り鶴→希望の象徴
傘→自分を殺して社会に溶け込む人の象徴
大都会の魚→雨?
互い違いのボタン→噛み合わない人生の縮図。努力と成果が上手くハマらない実情
おいしい夢→子どもの頃からの純粋な夢(大人の欲望とは違う夢ということ)
ふわふわの雲→不安
とびきりの変顔→そのままの意味?

メルヘンチックに社会を描きながら、突然「とびきりの変顔」という現実的な場面が想起されるフレーズをいれることで、この二人はメルヘンな世界の主人公ではなくて、この世界に生きるどこにでもいる「普通の人」を描いているのだなあ、ということを改めて意識させるわけである。

また、夢を追うことを「星へ続く梯子を登る」と形容しちゃったりもしていて、この辺りのバランス感覚が本当に巧みなのである。

そりゃあ「私にしか歌えない歌があるんだ」と言いたくもなるよなーなんて思う。

最後にポイントとなるのは影の使い方である。

「暗闇に覆われているけど朝焼けはもう少しである」と述べ、更に「ふたつの影はどんどん伸びる」とある。

要は、希望という名の太陽が昇るのはもう少しであると予感させているわけだ。

「午前5時」という具体的な言葉を挟むのも、そういうことなわけである。

仮にそれが「聞き違い」という勘違いだとしても、勇気というのは勘違いから生まれるものだし、勘違いをしたからこそ「私にしか歌えない歌がある」なんてことまで言い切ることができるわけだ。

君も同じように勘違いでもいいから前に進んでいけば、暗闇は失せて光が見えるはずだ、というわけである。

「素直で明るいだけで人には価値がある」。

このフレーズが象徴するように、勘違いを素直に受け止めてそれを心と行動に反映させたら、それだけで未来は開かれるのである。

だから、きっと風も「大丈夫」といったに違いないと、聞き違いを信じることを勧めるわけである。

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