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ロッキン・ライフによる、WANIMAの「ヒューマン」の歌詞考察の記事、開催しま〜す!!!

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歌詞

なぁ何処で間違えたんだろう?
ゆがみ 元に戻らない
捻れた記憶を解く…
最後に たぐり寄せ…

期待外れの現実に また煽られ
睨んで目を逸らした
なんで望んだ答えはどこ?

まだ…くたばってたまるか!!

終わりの無い道のりに
答えられない事ばかり遠回り
もがいて 大人に
飲み込んだ言葉 階段を飛ばす
浮かんで消えた想いが
絶えず増える心のアザが
“シビれるような明日を”
最後に たぐり寄せ…

生まれ落ちた生きる意味は?
正解も無い 間違ってない
出逢い別れに背中押され
世界見渡し 個々に立ち

なんで望んだ答えはどこ?

まだ…こんな所で くたばってたまるか!!
続きを描こう

代わりのいない道のりに
迷いの無い生き方に また呆れて
ただ憧れて見失う前に 教えてくれよ
浮かんで消えた想いが
絶えず増える心のアザが
“シビれるような明日を”
最後に覗きたくて…

終わりの無い道のりに
答えられない事ばかり
“シビれるような明日を”
最後にまた…
たぐり寄せ…

なぁ何処で間違えたんだろう?
ゆがみ 元に戻らない
いつかは辿り着くはず…

最後に たぐり寄せ…

世界見渡し 個々に立つこと

この曲は、WANIMAがドラマ「刑事ゆがみ」のために書き下ろした作品となっている。

筆下ろしと縁のありそうな歌詞を書くことはあっても、書き下ろしとは無縁っぽそうだったWANIMA。

寄せるのはおっぱいだけだと思っていたら、いつの間にかシビれるよう明日すらも寄せるようになっていたWANIMA。

彼らの成長を感じる次第。

けれど「シビれる」を「痺れる」ではなく「シビれる」と表記する辺り、オーガニズム的な意味合いを込めて「シビれる」という言葉を使用したのではないかと勝手に思う。

歌詞の内容自体はすごく広いテーマを歌っているため、どんな作品にもハマりそうな、良く言えば大きな、悪く言えば凡庸なことを歌った作品だなーと感じる。

まあ、「ゆがみ」というワードを入れているところに「書き下ろし感」を出しているのかなーと思いつつ、そもそも僕はドラマをみていないので、ドラマとの関連に関してはこれ以上は掘り下げられないのだが。

というわけで、タイアップ曲としてでなく、WANIMAの音楽として「ヒューマン」を見ていきたい。

ところで、彼ら、本当に躍進がすごい。

メジャーデビューをしたり、さいたまスーパーアリーナみたいな何万にも集客できるところを即完させたり、フェスでの人気も圧倒的で。

文字通り、若手バンドでもっとも勢いのあるバンドのひとつとなっている。

思えば、WANIMAだって、最初の頃から大人気だったわけではない。

前進バンドも含めたら、それなりに下積み時代を経験してきたし、お客さんが数人だったことだってあるわけだ。

そして、売れてからだって、顔にはださなくても幾つも悩みがあるのだろうし、良い曲がなかなか書けなくてスランプに陥るとか、そういうことを感じる瞬間だって絶対あるはずで。

けれど、それでも、彼らの心にあるのは、さいたまスーパーアリーナを即完させることですら、「通過点」としか思っていないことである。

もっと大きいところでやりたいとか、もっとたくさんの人に音楽を届けたいとか、もっとたくさんの人を楽しませたいとか、そういう欲望がギラギラとあるわけだ。

だから、彼らはメジャーデビューという選択を選んだわけで。

そして、それはつまるところ「世界を見渡し 個々に立つこと」なのではないかなーと思うわけだ。

目の前の世界に向き合い、挑戦するというWANIMAの今の姿勢がそのフレーズに詰め込まれている気がするのだ。

そして、そんな風にして立ち向かっていくのはどんな人だって同じなわけで、そんな人の背中を押すために言葉を紡いだわけだ。

なお、世界を見渡すまでの道のりは色んな人の助けを借りながら進むわけだが、最終的な「決戦」は一人で戦わないといけないわけで(それは肉体的にも精神的にも当てはめることだ)だからこそ末尾は、「みんなで」ではなく「個々に」という言葉で締めくくるわけだ。

覚悟を決めたWANIMAだからこそ、重みのある言葉なって心に響くわけである。

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世界見渡し CoCo(壱)に立つこと

CoCo壱のカレーはわりと辛い。

イチカラでもけっこう辛いのに、2カラとかにしたら、僕はもうギブアップである。

なぜなら、辛いカレーを食べると舌が痛いからだ。

つまり、(舌が)シビれるような明日がやってくるわけだ。

下(ネタ)だけでなく、舌の話にも解釈できるWANIMAの新曲の歌詞。

彼らの成長を感じる。

世界見渡し <此処>に立つこと

WANIMAがこんな大きなステージ=此処に立つことができたのは、応援してくれるファンがいたから、という思いはすごく持っているのではないかと思う。

バンドが大きくなるとファンのことなんて「数字」としか見なくなるバンドもいる一方で、WANIMAはちゃんと一対一で向き合うような心持ちがある気がする。

少なくとも、ファンがいるから自分はいるし、自分たちがファンを楽しませている一方、ファンにすごく力をもらっている、ということは常日頃感じているんじゃないかなーと思うわけだ。

人間の尊さとか、有り難みを実感している。

だからこそ、ヒューマン=人間、という大きく風呂敷を広げたようなタイトルを新曲に付けて、それを歌い切ることができたのではないか、と思う。

なにより、そういうスケールの大きな歌を歌っても「ゆがみ」を感じないのがWANIMAの凄さなのだと思う。

そう感じる。

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