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Mr.Childrenの新曲「ヒカリノアトリエ」。

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これはNHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主題歌でもある。

この歌の歌詞について考えてみたい。

作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai

「雨上がりの空に七色の虹が架かる」
って そんなに単純じゃない
この夢想家でも
それくらい理解ってる

虹が七色と考えてるのは日本人の特有であり、別の国の人は虹は八色であると言ったり、六色であるといったりする。

まあ、それはどうでもいいのだが、この「」の台詞は人生のことを例えた言葉となっている。

辛いことのあとには良いことがあるということを例えて「雨上がりの空に虹がかかる」と言っているのだが、人生ってそんなに単純なものでなく、そんなことは夢想家ですらわかっているというのだ。

えらく現実的で、冷めたフレーズでこの歌は始まるのだ。

わかってるという言葉を「分かってる」ではなく、「理解ってる」と表現するあたり、理性では理解してるけど、本能では抗いたいという思いが込められているようにみえる。

大量の防腐剤
心の中に忍ばせる
晴れた時ばっかじゃない
湿った日が続いても腐らぬように

ここで「防腐剤」という、一般的なJ-POPではあまり見られない言葉が出てくる。

心の中に忍ばせるとあるから、心の動きのことを表現した言葉であることはわかる。

辛い世の中でも腐らずに前を向いて生きていく人たちのこもを「心の中に防腐剤を忍ばせる」と表現しているのである。

不貞腐れるという言葉があるが、この歌詞に出てくる防腐剤が防いで「腐り」というのは、不貞腐れるの「腐るとニアリーイコールだと思われる。

おまけに辛い日々のことを湿った日と言い換えることで、「防腐剤」という言葉はここにも掛かってるんだぜ!感を出しているわけだ。

たとえば100万回のうち
たった一度ある奇跡
下を向いてばかりいたら
見逃してしまうだろう

この歌において、良いことが起こる可能性はすごく低く見積もられているように感じる。

100万回でたった一度しか起きないというのだから相当なものである。

1日が365日なのだから、もはや一緒に一回あっても足りないレベルになってくる。

けれど、それでも、奇跡はいつけ起きるのだ。

どのタイミングかはわからないけれど、いつかは起こる可能性を信じて下を向いてはいけないことをここで説くわけだ。

さあ
空に架かる虹を今日も信じ
歩き続けよう
優しすぎる嘘で涙を拭いたら
虹はもうそこにある

結局、Aメロで否定したのに、サビでは虹はかかると言い放つ。

夢想家ですら無理だと理解ってることなのに、この歌のサビでは易々と「虹がかかる」と言い放つのである。

普通の歌ならなんちゅー心変わりやねんと怒るものだが、不思議と桜井が歌うと「それもあり」となるから不思議なものである。

ところで、ここで出てくる「優しすぎる嘘」とは何を意味しているのだろうか。

言ってしまえば「虹はかかる」とサビで言い放ったことがまさしく「優しすぎる嘘」なわけである。

でも濡れた瞳で空を見たら、そこに本当虹がかかっていなくても、自分だけにら虹があるように見えちゃうこともあるわけで、嘘でもいいやん、それで前が向けるなら、と肯定するわけである。

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2番の歌詞をみてみよう。

「一体何の意味がある?」
つい 損か得かで考えてる
でも たった一人でも笑ってくれるなら
それが宝物

お金のことばかり考えたり、人とこ付き合いを自分との損得でしか考えなくなってしまいがちになり、やること全てに意味ばかりを求めてしまう。

それが社会で生きるということである。

けれど、どんな価値すらも超越するのがたった一人の存在であり、愛する人の笑顔だったりするのだ。

そういう尊いものが宝物であるというわけだ。

ただし、「でも」という接続詞で繋げる必要のあったフレーズなのかは個人的に気になるところ(だって全然違うことを歌ってるわけだし)

誰の胸の中にだって薄暗い雲はある
その闇に飲まれぬように
今日をそっと照らしていこう

一番では「防腐剤」という言葉を使ったが、次は「雲」と「闇」を心の中にあるものの例えとして歌う。

ベタな比喩表現だが、ベタでも説得力があるのは桜井の声が成せる技だと思う。

過去は消えず
未来は読めず
不安が付きまとう
だけど明日を変えていくんなら今
今だけがここにある

今に対する生き方で明日は変わるという話。

不安はあるし、辛いこともたくさんあるけれど、「今」という時間だけは誰しも平等にあるよという話。

遥か遠く地平線の奥の方から
心地好い風がそのヒカリ運んで
僕らを包んでく

人生の思わぬきっかけというものは、遥か遠いところ、それまでの自分とはまったく接点のなかったようなものからやってくるのである。

ところで、タイトルもそうだが、「ヒカリ」という言葉をカタカナにしているのはなぜだろう。

言いたいことは大体わかるけれど、この部分だけは謎だったりする。

たとえば100万回のうち
たった一度ある奇跡
ただひたむきに前を見てたら
会えるかな

一番で出てきたBメロの歌詞よりも、ポジティブを上乗せしているのがポイントである。

ここにちょっとした成長を見ることができる。

空に架かる虹を今日も信じ
歩き続けよう
優しすぎる嘘で涙を拭いたら
虹はほらそこに
過去は消えず
未来は読めず
不安が付きまとう
だけど明日を変えていくんなら今
今だけがここにある
きっと
虹はもうここにある

2016年4月22日、熊本震災により、宮崎と佐賀の公演に行けなくなってしまった人たちへ、Mr.Childrenからメッセージが発表されたが、それはこんな文言だった。

止まない雨はないです。
雨の後に虹が出ることもあります。
出ないかもしれない。
でも空に架かった虹を見逃さないために、
出来るなら下を向かず、
前を向いて、
空を見上げていてください。

震災なとで桜井は少しでもポジティブな言葉を伝えたくてベタに「虹」というモチーフを着想したのだと思う。

そして、虹を意味するヒカリと、未来にある希望を意味するヒカリを意味し、ヒカリという言葉に様々なポジティブを宿したかったからヒカリとカタカナにしたのだ。

ただし、社会は厳しいし、辛いことが多いわけで、ただ受動的に生きていたはヒカリに触れることはできない。

ある意味、人工的に作り出さねばならないからこそ、あえてカタカナ表記のしたのではないだろうか。

そんなヒカリというものをなんとか「今」という時間に書き留めたくて、「アトリエ」という言葉を重ね、この歌のタイトルは「ヒカリノアトリエ」になったのだ。

テーマも比喩も全てがベタだけど、ベタだからこそ見えてくることもあるわけで、50歳になっても捻くれずベタを貫く桜井はある意味で光のような存在であり、だからこそ、ミスチルは「虹」というテーマで陳腐ではなく、個性が出てくるのである。

流石というしかない。

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