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Dream Ami 新曲「トライ・エヴリシング」。

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2016年4月20日に発売されたこの曲はディズニー映画「ズートピア」日本語版主題歌である。

そんな楽曲の歌詞について今回はみていきたい。

作詞:Sia Furler・Tor Erik Hermansen・Mikkel S. Eriksen
作曲:Sia Furler・Tor Erik Hermansen・Mikkel S. Eriksen

ダメだった
うまくいかない
そんなことばかりよね

それでもね
進んでいくの
ちゃんと前を向いて

間違えることでやっと
分かることだってあるから

あきらめないでいこう
どんなことがあったとしても
何度でも ダメだとしても
向かっていけばいいよ

あきらめないでいこう
どんなことがあったとしても
何度でも そう何度だって
向かっていけばいいよ

やるのよ
何度も
やるのよ

ねぇ平気よ
うまくいくわ
がんばりすぎないでね

少しずつ
進めばいい
出来ることをやるだけ

あきらめないでいこう
どんなことがあったとしても
何度でも ダメだとしても
向かっていけばいいよ

あきらめないでいこう
どんなことがあったとしても
何度でも そう何度だって
向かっていけばいいよ

失敗することでもっと
強くなっていくんだから
だからいいの

やるのよ
何度も
やるのよ

やってみるの

歌詞だけみれば前向きな応援歌にみえる。

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語尾は〜よ、とか、〜の、とかに統一しているところからみると、本作映画の主人公であるウサギの女の子ジュディに、より沿うような形に和訳されたことが想像がつく。

そして、歌詞の解説、という意味ではそれ以外に言葉を紡ぐ必要もないだろう。

なんてたって、それだけの歌なのだから。

意味は歌詞を読めば、すぐにわかるだろう。

けれど、これを映画「ズートピア」といろいろと重ね合わせてみると、けっこう面白いことがわかる。

そもそも、この「ズートピア」という映画、わりと重いテーマを扱っているのだ。

肉食動物と草食動物、そして、それぞれの動物の中でも動物には宿命があって、キツネなら嘘つきに思われる、ウサギなら運動なんて無理と思われるなどなど、それぞれが生まれながらに背負い込む宿命をどう乗り換えていくか、あるいはどう折り合いつけていくか、というのがこの映画のテーマになるわけだ。

実はこれって近年のディズニー映画に通底するテーマなのである。

「シュガーラッシュ」は悪役だって主人公になりたい!と切望し、ゲームの主役に下校上を叩きつける話だった。(そして、結局、悪役は悪役であることを受け入れて話が終わる)

「アナと雪の女王」もそれぞれのキャラクターが自分に背負わされた運命を受け入れることで物語が解決する。

(そういう意味では「ベイマックス」は少しテイストが違うが、あれはマーベル原作映画だから例外と考えて良いだろう)。

結局のところ、主人公は運命や宿命に抗い、違う立場や階級に憧れて奮闘する、という通底は変わらないわけだ。

で、ディズニー映画は子供向け映画であるから、毎回、とってつけたような「救済」と「ハッピーエンド」が与えられるわけだが、よーくよーく話を考えてみると、これって全然ハッピーじゃないやん!ってこともけっこうあるわけだ。

それは「ズートピア」でも同じなのである。

本当にあの主人公たちがなりたかった未来になったかというと実は微妙なのだ。

(あんまりこの辺を細かくとネタバレになるので、気になる人には別でお教えしましょう。)

そして、映画が孕む歪んだハッピーエンドを考慮して、この楽曲の歌詞をみてみると、あまりにも残酷に聞こえてきてしまうわけだ。

簡単に言えば、ここ最近のディズニー映画って「立場を受け入れて、その立場の中やれること、できることを考えろ」と突きつけてきているわけであり、映画を通して、立場が変わらない現実を突きつける。

今回の映画はウサギと狐だったが、ここには白人と黒人とか、労働者と雇用主とか、才能のある人とない人とか、何かしら代入することができるだろう。

あれが白人と黒人で置き換えて考えてみたら、相当重い話になるぞ。

だって、「立場」が変わることは一生ないことを突きつけているわけなのだから。

けれど、映画の主人公たちは努力と運でなんとか報われた未来を生きる。

この主題歌は、映画から現実に引き戻すエンディングで流れる(まあ、挿入歌としても流れているのだが)。

映画は「なんとかハッピーエンド」だったけど、現実はあそこまで上手くいかないかもしれない。

けれど、それでも諦めないでがんばろうよ、とあの歌は最後の最後に突きつけてくるわけだ。

努力をしてもなんとかならないところにいつまでも目を向けて落ち込んでいても仕方がないし、落ち込んでる間に「それ」が変わることはない。

ならば、努力すれば変わるかもしれないことに目を向けて、それが変わっていくまで、何度も何度も施行し続けることでしか、あなたの未来は良くすることができないよ、というわけである。

やるのよ、やってみるのよ、とどこか命令口調のように見える言い方をしているのは、歌詞を書いた人がある種の覚悟をもって、聴いている人の背中を押そうとしているからなのかもしれない。

現実を受け入れ、それでも現実を変革していく。

そういう超現実志向な応援ソングが、実はこの歌の正体なのである。

ディズニーはああみえて現実志向なのである。

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