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back numberの「瞬き」について書いてみたい。

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前置き

この歌は映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」の主題歌である。

この「8年越しの花嫁 奇跡の実話」は、Youtubeに投稿された、とあるカップルの実話をもとにした作品で、結婚式直前に病に倒れ意識不明となってしまった花嫁・麻衣と、彼女を8年間待ち続けた新郎・尚志の奇跡を描く作品である。

で、バクナンのボーカル、清水依与吏はこの作品を作るにあたって「なるべく体温を感じる音と血の流れを感じる言葉で構築された力強いものになるよう心掛けました」と述べている。

まあ、タイトルをみただけで、この映画がどんなタイプの作品かは想像がつくし、いかに感動させるかがポイントな今作品において、美メロ、泣きメロを作らせたらピカイチのバクナンのハマり具合は痛快すぎる。

とはいえ、メンヘラ気質の依与吏が、こんにも清々しいハッピーソングを作っているのは、仕事とはいえなかなかに面白い話である。

まあそんなことを踏まえたり踏まえなかったりしつつ、色々な視点から今作の歌詞について考えてみたい。

歌詞

幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が
繰り返すようなものじゃなく
大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ

何の為に生きて行くのか
答えなんて無くていいよ
会いたい人と必要なものを少し守れたら

背伸びもへりくだりもせずに
僕のそのままで愛しい気持ちを歌えたなら

幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が
繰り返すようなものじゃなく
大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ
瞬きもせずに目を凝らしても見付かる類のものじゃない
だからそばにいて欲しいんだ

夢の為に生きられた人
免れた道が正解だった人
誰かの為に費やした人
自分を生きた人

誰にもなれなかったけど
ただ今日も僕を必要だと思ってくれたら

幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が
繰り返すようなものじゃなく
大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ
また弱さ見付けて戸惑う僕に
でもそれが出来るだろうか
目を閉じて見付けた場所で

幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が
繰り返すようなものじゃなく
大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ
そしていつの間にか僕の方が守られてしまう事だ
いつもそばに いつも君がいて欲しいんだ
目を開けても 目を閉じても

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いきなりの比喩!

いきなり、幸せという観念的なものに対して、村上春樹ばりのややこしい比喩で表現するこの歌。

僕から言わせれば、星が降る夜と眩しい朝を繰り返すことだって十分、幸せと呼んでもいいのじゃないか?なんて思ったりするが、そうは問屋が卸さないのかもしれない。

何の為に生きていくのか答えなんてなくていいと言いながら、会いたい人と必要なものを少し守れたら、って、いやいや、大多数の人はそれが「答え」ですやん。

超絶ベタな「何の為に生きていくのか」の理由、お答えしてませんやん!と思うのだが、その辺りはどうなのだろうか?

僕のそのままで歌えたらなら、みたいなことも書いてるが、元々ネガティヴ気質の依与吏が歌うこんな歌が「背伸び」状態なのではないか?なんて思ったりもする。

なーんて言葉を紡げば、ディスりばっかりしてるように見えるが、必ずしもそんなことはない。

個人的に、このフレーズは納得する。

「(幸せとは)瞬きもせずに目を凝らしても見付かる類のものじゃない」

これはわかる。

幸せって見えるものじゃないわけだ。

ひょんなタイミングで現れるもの。

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