LINEで送る
Pocket

Aimerの「花の唄」について書いてみたい。

*この記事は「Fate/stay night」の物語に少し突っ込むので、ご注意ください。

スポンサーリンク

前置き

この歌は梶浦由記が手がけたものである。

梶浦由記とは、アニメやゲームをメインに活動されてる音楽プロデューサー。

アーティストであれば、Kalafinaなんかのプロデュースもしていたり。

で、この「花の唄」は「Fate/stay night[Heaven’s Feel]」というアニメ映画の主題歌であり、梶浦さんもAimerのためにではなく、Fateのためにこの歌はを書き下ろしたのだと思われる。

ところで「Fate/stay night」とは、元々原作が18禁のPCゲームで、物語をかなりしっかり作り込んだギャルゲーみたいな印象なんだけど、今となっては家庭用ゲームやアニメなんかにも移植しているし、この映画に関しては地上波のTVCMをバンバン打っていたりするし、なんか大きくなったんだなーと実感したりする。

「Fate/stay night」は奈須きのこというシナリオライターが手がけた作品であり、ギャルゲーとは言えども、この奈須さんの作家性が色濃く出た作品である。

ちなみに、奈須さんの小説家としてのデビュー作はFateの世界観のスピンオフ的な立ち位置にあたる「空の境界」という作品なのだが、この「空の境界」の劇場版の主題歌プロジェクトのために結成されたのがKalafinaであり、そのKalafinaのプロデュースした一人が梶浦さんだったりするわけで、まあ色々繋がってたりするわけだ。

と、そんな経緯もあるわけで、この歌の歌詞の意味を考える上では「Fate/stay night」という作品はある程度抑える必要があったりするわけだ。

それでは、そのことを踏まえながら、歌詞を見ていきたい。

そもそも今回の映画に関して

「Fate/stay night」という作品は原作がPCゲームで、その後色々メディア展開した作品なわけだが、そもそもこの原作、めちゃくちゃ長いのである。

トータルだとプレイ時間は60時間以上を要すると言われている。

なぜそんなに長くなるのだろうか?

それはFateの物語の骨格は、ギャルゲー=恋愛シュミレーションだからである。

どういうことか?

この物語には複数の女性=ヒロインが登場するわけだが、主人公がどのヒロインと恋愛していくかによって、物語の迎える結末が大きく変わるのだ。

で、最初のヒロインでは〇〇の謎は解けたが、〇〇の謎は謎のままだ、みたいなことが起こったりするのだが、別のヒロインとのルートによって、それが後から明らかにされたりする。

なので、全てのヒロインとの恋愛=物語を見ていくことで、ゲーム全体の物語も明らかにされる、という構造なわけだ。

で、「花の唄」が主題歌となっている「Fate/stay night[Heaven’s Feel]」は、Fateの物語の3部作の最終章的な位置づけなのである。(ややこしいのは10月公開のこの映画は、最終章の中のさらに3部構成ができており、今回は序破急の「序」にあたる作品となっている)

スポンサーリンク

Fateには、メインとなるヒロインは3人に出てくる。

セイバー、凛、桜の3人である(わかんない人はテキトーにググってください)

そのヒロインごとにサブタイトルが変わるのだが、今回は桜というヒロインがメインの物語であり、この物語がFateシリーズの(一旦の)締めくくりとなるわけだ。

そして、桜というキャラクターがヒロインの物語であるため、この映画の主題歌のタイトルは「花の唄」というタイトルになったわけだ。

花=桜であり、言い換えれば、「桜(というキャラクター)の唄」ということになる。

前述した通り、Fateは物語が3部作となるわけだが、桜がメインヒロインとなる物語がFateシリーズで一番、物語全体の雰囲気が暗くなりがちで、物語のエンドもけっこう悲しい結末になりがちだったりする。

だから、花の唄の歌詞を読んでもらったらわかるが、けっこう悲しい結末迎えそう感出してるでしょ?

「花の唄」は一人称が私で、二人称が貴方で、完全にヒロインである桜目線で歌詞が書かれているわけだが、この歌のラストのサビのフレーズが「一人で見上げた花びらが散った」なのである。

一番では二人で花びらを見上げてたはずなのに……ってことを考えると、実にアレな結末になったことを想起させるわけだが、まあ、映画はまだ全3部作のうちの一番最初しか公開されていないわけで、映画がどんな結末を迎えるかはまだわからない。

ちなみに、原作ゲームは恋愛シュミレーションゲームのセオリーに則っているわけだが、恋愛シュミレーションゲームというのは、途中で主人公の行動を選択肢する場面があり、どの選択肢を選ぶかによって、結末が大きく変わる。

この桜ルートにも、どの選択肢を選ぶかによって、トゥルーエンドになったりバッドエンドになったりする。

この歌詞がどのエンドを想定して書かれたものかは知らないが、原作を知っているとたぶんピーンとくる感じになっているのだと思われる。

ところで、歌詞を見れば、桜が実にヤンデレ感のある重たい感じの女であることがひしひしと伝わってくるのだが(他のルートの桜はそんなことはないのだが、このルートの桜はそういうキャラクターとして描かれがち)、Aimerは見事にその「重さ」とか「未練タラタラさ感」を上手くボーカルとして表現しているなーと感じる。

また、全体を重く包むストリングスアレンジや、サビ入りではギターのグリスを効果的に使ったりしていて、壮大感満載な楽曲となっている一方で、間を要するところで音を止めてしっかり間を作っていたりして、相当ドラマチックな歌に仕上がっている。

静と動、弱と強が前面に出ている楽曲。

おまけに歌詞は感情が出まくっている。

こうなると、原作をスルーすれば、荒々しくエモーショナルに歌い上げてしまいたくなるところだが、Aimerはこの歌はあくまでも桜の歌であり、桜の「重さ」は情熱的なものではなく、もっと内底でドロドロするようなものであり、ねっちこい感じのものであることを理解していたからこそ、そこにコミットするようにボーカリングしているように感じる。

その結果、アレンジ、歌詞、ボーカル、メロディーが全て上手く纏まった、文句のつけようのない主題歌になったんじゃないかなーと個人的に思う。

そんな感じです。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket