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西野カナの「手をつなぐ理由」について書いてみたい。

歌詞については載せたいところですけど、載せたら色々とややこしいので、別のサイトやお手元に歌詞カードをもちながら当記事を読んで頂けたら幸いです。

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歌詞について

もうすぐ30歳な西野カナ。

であるが、歌詞のテイストは安定のスイーツ臭で、もうしばらく「愛」ではなく、「恋」について歌うつもりでありそうな潔さがステキである。

実際、これくらいの年齢に差し掛かると、多くの女性ソロアーティストは、私生活がどうであるかには関わらず、冬にリリースするバラードの歌詞くらいは大人ぶってみせて、一丁前に「愛」について歌詞を書いたりしちゃうものである。

が。

西野カナはそんな世論の常識に翻弄されることなく、己の道を邁進している。

冒頭から「恋をしているとなぜか身体が心で温もる」なんて、なかなかにヤバいフレーズを綴る。

逢いたくて震えることでお馴染みの西野さんであるが、今回も見事に身体の変化を機敏に伝えることで、感情を巧みに表現している。

そして、次のフレーズもなかなかにエグい。

「もし今君が記憶を失っても大切な想いだけは消えないでいるよ」である。

いや、これは凄いよ。

普通、君が記憶を失っても、の続きで言葉を綴るなら、私はあなたのことを想い続けるよ、みたいに展開するものである。

要は、あなたが変わっても私は変わらずにいるよ、みたいな話の展開をするのが筋なわけだ。

けれど、西野嬢は「大切な想いだけは消えないでいるよ」と言葉を綴っている。

これは、自分だけでなく君も主語に入れた言葉であり、君の想いだって消えないよ、と勝手に決めつけているわけだ。

流石は、トリセツでの傍若無人ぶりが話題になった西野カナだけある。

君の感情だって、私と同じようにこうに違いないと、疑いもなく言えてしまう清々しさは西野カナにしかできない芸当である。

完全に「記憶が消える」という事象を舐めきっている態度には、感服せざるを得ない。

あと、Cメロに出てくるフレーズもポイントが高い。

「時には傷ついたりもう嫌いになってみたりなぜだろうね心と心が強く惹かれあうほど」

この「惹かれあうほど」ってフレーズが良い。

このフレーズも、自分のことだけでなく相手の気持ちも勝手にこうであるに違いないと決めてしまっている。

確かに彼女側は彼氏にどんどん心を惹かれているのかもしれないが、男はどう思っているかなんてわからない。

だって男側は、一時ではあるにせよ女が男のことを嫌いに思ってしまうような振る舞いをしているんでしょ?

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それがどんな振る舞いを指すのかはわからないが、そんなことをしちゃうということは、男の気持ちは冷めてしまっている可能性だって大いにあるわけで。

にも関わらず、男だって女に「心が惹かれあっている状態」と言い切ってしまうのは流石と思うのだ。

なにより、こんな感じで歌詞にツッコミ入れる人は最初からターゲットにしないで、変に八方美人なことは言わずに、わかる人にだけわかってもらえたらいいという態度で歌詞を書くからこそ、西野カナの歌詞は一定多数の人にしっかり刺さるわけだ。

ところで、この歌詞、構造的にはしっかりできていると思う。

この歌詞の根底にあるのは、タイトルにもあるように「つなぐ」というモチーフだと思う。

そして、各フレーズは「つなぐ」ことと、その理由を明記するような構造になっている。

どういうことか?

冒頭で言えば、こうだ。

記憶が消えてもふたりは「つながる」ということを明示している。

で、その理由はなぜかといえば、「恋をしていると身体が心で温もる」からであり、記憶が消えてもその温もり=想いは消えない。

だから、仮に君の記憶が消えても私たちはつながり続けるよ、という論理展開をしているわけだ。

でも、気持ちって見えないものであり、やっぱり不安である。

だから、サビでは、さらにこう説明するわけだ。

心だけじゃなく、物理的にもこうやって「手もつなぐ」んだよ、と。

これなら安心でしょ?と。

つなぐというモチーフから「結びつき」とか「糸というモチーフ」を登場していたりして、ただ闇雲に言葉を並べているのではなく、計算によって歌詞を組み立ていることがよくわかる。

結論。

バカにしてるように見えるけど、やっぱり西野カナは天才だと思うよ、という話。

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