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今回は米津玄師の楽曲「アイネクライネ」の歌詞考察をしてみたいと思う。

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米津の歌詞は様々な要素を孕んでいるが、やはりボカロ出身という所から「物語性」に富んだ歌詞であることが多い。

意味合いとして難しいものではないので、どういうレトリックを用いて歌詞を書いているのかを少し考えてみたいと思う。

アイネクライネ

作詞:Kenshi Yonezu 作曲:Kenshi Yonezu

あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに
当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ
今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く

内容自体はそんなに難しくないと思うが、ここで歌詞を奥深く書くために2大レトリックである、反復と対比を堂々と使っている。

また、一人称を「あたし」とすることでこの歌詞はまだ精神年齢が高くない女の子というイメージを与えているようにもみえる。

嬉しい・悲しいの対比、幸せな思い出・お別れを対比させることで、この歌詞がより切ないものになることを想像させる。

ひとつポイントをあげるならば、幸せな思い出の前に修飾語として「痛い」を付けている点である。

なぜここで「痛い」と言わなければならないのか、それはこのあとの歌詞を見ていくことで少しずつわかっていくのだろうか。

次のフレーズをみてみよう。

誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう
あたしは石ころにでもなれたらいいな
だとしたら勘違いも戸惑いもない
そうやってあなたまでも知らないままで

米津は壮絶な過去を負い、ボカロを通じて音楽に生きる希望に出会った。

ゆえに「石ころにでもなれたらいい」なんてことも言えちゃうわけだ(おそらく、昔、本人もそんなことを思っていたのだろう)。

しかし、居場所を奪うなんて書くくらいだから、もしかするとあなたとの恋は略奪めいたものなのかもしれないという想像が頭を駆け抜ける。

昼ドラ的展開か?それとも・・・。

次の歌詞をみていこう。

あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに
誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのだ
あなたが思えば思うよりいくつもあたしは意気地ないのに
どうして

誰にも言えない秘密とはなんだろうか?
ただそこが気になる部分である。

そしてサビへと向かう。

消えない悲しみも綻びもあなたといれば
それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか
目の前の全てがぼやけては溶けてゆくような
奇跡であふれて足りないや
あたしの名前を呼んでくれた

要はあなたのことが大切なんだ、ってことがよくわかるサビではあるが、悲しみのあとの言葉を「喜び」とかではなく「綻び」にしたのは秀逸である。

おそらくケンカするとか、下手すれば別れることすらも含め「綻び」と言っているはずだが、それくらいのことですら「笑い合える」関係が続けれるなら嬉しいと言っているのだ。

名前を呼んでくれるなら間柄なら、それでいいというように。

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2番をみてみよう。

あなたが居場所を失くし彷徨うくらいならばもう
誰かが身代わりになればなんて思うんだ
今 細やかで確かな見ないふり
きっと繰り返しながら笑い合うんだ

他の誰でもないあなたが大切であることを強調するとともに、浮気したとしても「見ないふり」でやり過ごすからずっとそばにいて、と主人公は言い続ける。

何度誓っても何度祈っても惨憺たる夢を見る
小さな歪みがいつかあなたを呑んでなくしてしまうような
あなたが思えば思うより大げさにあたしは不甲斐ないのに
どうして

ある種の愛とはどうしようもないものであることをずっと歌い続けているわけだが、これは一人称を「僕」でも「わたし」でもなく、「あたし」にするからよりリアリティが伴うのだろう。

お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を
超えようと手をつなぐこの日々が続きますように
閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために
そのために何ができるかな
あなたの名前を呼んでいいかな

「超えられない夜を越えよう」とは具体的に何を指すのか難しいところであるが、要はこの二人はまったりと、信頼して日々を過ごすような間柄ではないことはよくわかる。

瞼をとじると嫌な景色に出会うということは、夢ではいつもあなたと別れる夢でも見るのかもしれない。

あなたの名前は自分の名前との対比で登場させたわけだが、こういう使い方に着地させたのは米津の手腕ではなかろうか。

産まれてきたその瞬間にあたし
「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ
それからずっと探していたんだ
いつか出会える あなたのことを

いままでの歌詞内容を全ておさらいするかのようなフレーズのカタマリ。

わからない人がいないのに、ここで念押しをするわけである。

消えない悲しみも綻びもあなたといれば
それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか
目の前の全てがぼやけては溶けてゆくような
奇跡であふれて足りないや
あたしの名前を呼んでくれた

あなたの名前を呼んでいいかな

ただ、最後に「あなたの名前を呼んでいいかな」という言葉で終わらせることで、もしかしたらこの二人はまだ「ちゃんとした」恋人ではないかもしれないという想像が頭を駆け巡る。

歌詞を読んで、想像の余白を残すという点で米津の歌詞は秀逸だし、この物語に何かしらの心を動かされたならそれは彼の狙い通りなのである。

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