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星野源の「くだらないの中に」の歌詞について書いてみたい。

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作詞:星野源
作曲:星野源

髪の毛の匂いを嗅ぎあって くさいなあってふざけあったり
くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる

魔法がないと不便だよな マンガみたいに
日々の恨み 日々の妬み 君が笑えば解決することばかり

首筋の匂いがパンのよう すごいなあって讃えあったり
くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる

希望がないと不便だよな マンガみたいに
目々の嫉み とどのつまり 僕が笑えば解決することばかりさ

流行に呑まれ人は進む 周りに呑まれ街はゆく
僕は時代のものじゃなくて
あなたのものになりたいんだ

心が割れる音聴きあって ばかだなあって泣かせあったり
つけた傷の向こう側 人は笑うように

髪の毛の匂いを嗅ぎあって くさいなあってふざけあったり
くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる
人は笑うように生きる

以上である。

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シャワー浴びてるときにメロディーが閃いて、そのまま歌にしたというこの歌。

愛はするものじゃなくて、そこに「ある」かどうかというものであり、ゆえに「愛してる」と歌うのは滑稽だし、おこがましいと語っていた星野源。

だか、この歌は後からみたら「これって恋愛の歌じゃん」と気づき、結果、星野源はそのことを受け入れたとのだという。

要はこの歌は恋愛の歌である、ということだ。

さて、この歌には独特の切なさと、そしてちょっぴりのなんとも言えない幸福感が漂っているように思う。

それにしても、髪の毛の匂いが臭くて、首筋からはパンの臭いがする人って、どんな人なんだろうか。

まあ、そんな髪の毛をにおいを嗅いだり、首筋のにおいを嗅ぐような、他人からみたら「くだらない」と思うやり取りの中にこそ、愛というものは芽生えるんだよ、というのがこの歌のメッセージである。

マンガみたいにわかりやすい魔法も希望もないけれど、「笑う」ということが何よりの魔法にも希望にもなるよという話。

世の中単純じゃないけど、でも、単純なことが自分の日々というのは変わるよという話だ。

社会に出ればあくせくと生きなければならなくて、まるで街に飼いならされたような生き方を強いられるが、僕は社会の犬じゃなくてあなたのために生きたいという。

このフレーズかっこいいね!(どうでもいい)

ところで、「心が割れる音聴きあって」というフレーズがあるが、これは相手が悲しんでいたり、不安に感じていたりすることに耳を傾けるということである。

そして、「ばかだなあって泣かせあったり」とは、それを聞いたあとに、そんなことで悲しんだり不安に思ったりすることはないよ、と鼻で笑って抱きしめてあげたりして、相手のことを優しさで包み、その優しさで相手を逆に泣かせちゃうということである。

「つけた傷の向こう側 人は笑うように」とは、一緒に時間を過ごしていたら相手のことを傷つけちゃうこともあるけれど、最終的にはそれを思い出に変えて、笑うようにしよう。

それが愛といものだ、ということである。

笑うように生きていく、それがしっかりとできていれば、くだらない日々はかけがえのない大切なら宝のような日々になるということである。

そんな優しい眼差しの歌なのである。

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