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宇多田ヒカルが9月28日におよそ8年ぶりにリリニューアルバム「Fantome」をリリースする

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その中に収録される「道」。

今回はその歌の歌詞の意味について考えてみる。

黒い波の向こうに朝の気配がする
消えない星が私の胸に輝き出す
悲しい歌もいつか懐かしい歌になる
見えない傷が私の魂彩る

転んでも起き上がる
迷ったら立ち止まる
そして問う あなたなら
こんな時どうする

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも
始まりはあなただった
It’s a lonely road
But I’m not alone
そんな気分

調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる
It’s a lonely road
You are every song
これは事実

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
どこへ続くかまだ分からぬ道でも
きっとそこにあなたがいる
It’s a lonely road
But I’m not alone
そんな気分

以上である。

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「花束を君に」「真夏の通り雨」の曲が、宇多田ヒカルの自身の母親である藤圭子に向けて歌われた歌であることを確信した人にとっては(そして、宇多田ヒカルはインタビュー、母に向けて歌った歌であることを告白している)、この歌も母親に向けて歌われた歌であると感じたのではなかろうか。

個人的な便りのような書き方で言葉を紡ぎ、死について向き合うからこそ残りの人生という生についてより思考を深くできているという印象。

この歌詞に出てくる登場人物はふたり

私とあなたである。

私=宇多田ヒカル、あなた=宇多田の母親である藤圭子として捉えれば、ほとんどのフレーズは辻褄が合うようになっている。

あなたは全てにもうここにはいない人であること、けれど、私の心の中にいること、そしてこれから歩む道の先にあなたがいると述べていることからも、この歌のあなたの藤圭子説はわりと強固なものとされる。

調子にのってた時期もあります、とここで敬語になっているのはあなたに語りかけている言葉であり、あなたは私にとって目上の人物であることからも納得がいく。

そして、全盛期に宇多田ヒカルは文字通り本気で調子にのっていたからこそ、懺悔のような形で本心に近いフレーズを書くこととなっているわけだ。

なにより、始まりはあなただったという言葉、自分がアーティストとしてここまでのキャリアを積むことができたのは母親がいたからであることまでも告発するわけである。

つまり、先行シングルとして配信された2曲の延長線上、そして母への想いを込めた歌たちの締めくくりとしてこの「道」という歌は存在しているのだと思う。

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