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Mrs. GREEN APPLEの「鯨の唄」の歌詞について書いてみたい。

ただ、インタビューをみると、大森は20歳になったのとで、歌詞に関しては「ちゃんと一つの答えを出せるようになった」「素直な表現になった」と語っている。

そういうことも踏まえながら歌詞をみていきたい。

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作詞:大森元貴

散らばっちまったアイデンティティが
気づかぬうちに 形になった
光を纏った 水しぶきが
時間をかけて落ちるのをみた

自分の得意と思っていたことも成長して、色んな人やモノに触れているうちに全然得意と誇れるものではなかったことに気づき、アイデンティティは崩壊してしまう。

けれど、さらにそこから努力して自分を磨いていくことで、砕けてバラバラになったアイデンティティのひとつひとつが結集して、気づかぬうちに形になるわけである。

才能のカタマリのように見える大森ですらそう感じることがあるのだ(実際、この歌は今の自分たちにはまだスケールが大きすぎて扱えないということで、最初のうちはお蔵入りにされていたのだとか)

自分のアイデンティティが誇れるようなものになるにはそれなりに時間がかかるというわけである。

何気ない日々の夜に
ひょんなことから迷い込んだ
見慣れたものは 何一つ無いな
「どうやって僕の居場所に気づかせよう」

夢というのは知らぬ間に迷い込むようにして、気がついたら追いかけているものである。

ところで、僕は誰に居場所を気づかせようとしているのだろうか。

なによりなぜこのフレーズだけ「」で括っているのだろうか。

手を挙げて叫んでいるのを
誰かがきっと見てるから
怖がらないであなたはあなたの
命だけを輝かせて

答えは名も知らぬ誰かでした。

とりあえず、怖がらずに挑戦することを推奨している。

きっと誰かが気付くはずだがら、というわけだ。

ナンバーワンにはならなくていいからオンリーワンにまずなろうという感じか。

ここでしっかり結論を出しているあたり、大森の歌詞の性質が変わったことがよくわかる。

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奪われちまった バイタリティが
気づかぬうちに 形になった
穢れを纏った 言霊が
時間をかけて澄んでいくのをみた

大人になるとやる気が削がれることというのはたくさんあるけれど、それでもめげずに続けていれば、そのバイタリティが何かを結実させるのだという話。

時間が経てば、投げつけられた汚れた言葉も、澄んで行って自分の力になるのだという話。

時間が全てを洗い流してくれるという話である。

この時に抱く感情を
言葉にするにはもったいないな
失わぬように 傷つかぬように
盾と剣を握りしめた
僕ら世界と

感情をもって世界を渡るというのは、まさしく夢に向かって一歩一歩踏み出すという話である。

一番と言葉は違えど、語っている内容は同じである。

手を挙げて 銃声が響いた
誰かがきっと泣いてるから
怖がらないで掲げた誓を
果たすために戦ってくれ

少し想起されるイメージが戦場に近いものとなるが、これは比喩であり、もっと個人的なことについて歌っていると思われる。

泣いている人がいるから戦え、というのは働くお父さんに向けた言葉だろうか、と考えてしまったが、いずれにせよ行動することを推奨していることには変わりない。

手を挙げて叫んでいるのを
誰かがきっと見てるから
怖がらないであなたはあなたの
生命だけを

いつまで 悲しんでいるの
ここでちゃんと見てるから
もう泣かないで
霧が晴れた
虹の元へ歩いてみよう

雨が上がった
空が見えたら
傷が癒えて

歩いてみよう

結局のところ、このフレーズがメッセージの全てということになる。

ところで、タイトルにある「鯨」とは何を指しているのだろうか。

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