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Mr.Children「here comes my love」の歌詞について書いてみたい。

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前置き

この歌はドラマ「隣の家族は青く見える」主題歌であり、ドラマのために書き下ろされたものである。

また、このドラマは中谷まゆみさんのオリジナル脚本であり、原作などはないとのこと。

ドラマの内容は、「コーポラティブハウス」に住む様々な家族の葛藤や成長を、心温まるストーリーで描くヒューマンドラマ。

「妊活」をはじめ、夫婦間で想定される色んな「問題」に向き合った作品になるっぽくて、あんまり表立って話せないようなことに口を突っ込んだ作品だからこそ、現代社会で根強くある問題になるわけで、けっこう大きなテーマを抱えた作品だよなーって感じる。

当然、ドラマが大きなテーマを扱うとなれば、主題歌が引き受けるテーマも大きくなってくる。

この歌を書いた桜井は「この物語の登場人物達の、また、その物語に自分を重ね共感するであろう皆さんの背中を押すことができるように、この曲に心を込めて制作しました」と語っている。

それらを踏まえながら、この歌詞について、偏見を交えながら色々と書き散らかしていきたい。

海というモチーフについて

この歌は海=人生、になぞらえながら歌詞を書いていってる。

海には波が立つように、人生だっていくつも障害や困難が起こるわけで、そんな波立つ海のような人生を泳ごう、と決意するわけである。

主演の深田恭子は同曲について「人生という壮大な海の中で、愛する人のもとへ導いてくれる様な、道筋を照らしてくれる様な、希望と愛を感じました。この楽曲が繋いでくれた愛の中で精一杯泳ぎたいと思います」とコメントしている。

まったく角の立たない大人なコメント。流石である。

ところで、ミスチルの過去曲でも「海」というモチーフが登場する歌は幾つかあるわけだけど、僕はまず、「深海」(というアルバム)が頭をかすめた。

「深海」はミスチルをある程度知ってる人ならお分かりのとおり、かなりダーク色・政治色の強い問題作であり、ミスチルの歴史からみてもかなり異端な作品で、ブレイクの絶頂を極めているバンドがあんなに暗い作品を作るなんて…と話題になった一作だ。

このアルバムリリース後、ミスチルは一年間活動休止をするし、復帰後もメンバー間の仲はかなり悪く、いつ解散してもおかしくない状態だったようで、桜井自身も自分のことを考えることでいっぱいだったと語っている。

ミスチルにとっての「海」は決して明るいものではなかったわけだ。そ

まあ、海と鯨という単語の組み合わせだと、「SENSE」というアルバムのジャケットのイメージにはぴったりハマったりするんだけど。

あと、海というモチーフが出てくる歌と言えば、「君といた夏」もあるんだけど。

でも、やっぱりこの歌も好意的には海を描いていない。

つまり、ミスチルにとって「海」というモチーフとここまで向かい合うのは、それなりに覚悟が必要だったのではないか?と思っちゃうわけだ。

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ピノキオについて

僕はピノキオのようだ、というフレーズがあるが、ピノキオも海に飛び込み、津波に襲われ、鯨に食べられてしまう場面がある。

ピノキオの場合、鯨に飲まれたことで、悪い心を払拭し知恵と勇気で危機を脱して、人間になることができて、ハッピーエンドに向かうわけだが、この主人公は現状、心のないピノキオのように自分はなってしまっていて、自暴自棄になっていて、希望を破り捨てようなんて考えてしまっているわけだ。

そんな自分はダメだから変えたいってのは心のどこかにあって、そんな気持ちを変える具体的なエピソード(鯨に飲まれるみたいな)が欲しいなあ、なんて願うわけである。

けれど、現実にはそんな劇的なエピソードはなくて、目の前に起こる波=人生と障壁、を一つずつ乗り越えるしかなくて。

そんなとき、光となるのが君であって、君を目指して泳ごうと決意するわけである。

結局……

一番では君のもとまで泳ぐ主人公。

最後のサビでは君のもとに辿り着くことができて、次は二人で海を泳ぐ主人公像が見える。

こんな広い海のような人生で君に出会えたことが奇跡であり、何にも変えがたい希望なんだから、とでも言っちゃうかのように。

「僕ら」はどこに辿り着こうとしているのかは明示しないけれど、海=人生なのだとしたら、きっとそれは人生のゴールを意味するのだと思う。

つまり、死ぬまで一緒にいようよ、の言い換えなわけだ。

そりゃあ、Here comes my loveって言えちゃうよ。ここまで言い切っちゃうなら。

ミスチルくらい強度が強いバンドだからこそ成立する、どでかいテーマの歌だなーとしみじみ感じる。

でも、それは桜井自身が「海」を通じて、色んな困難を乗り換えた歴史があるからこそ言える言葉なのであり、そこに対する重さは桜井の人生の重さがあるから成立するんだろうなあ、なんて思ったりして。

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