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スピッツの「君が思い出になる前に」の歌詞について書いてみたい。

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作詞:草野正宗
作曲:草野正宗

あの日もここで はみ出しそうな 君の笑顔を見た
水の色も風のにおいも 変わったね
明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる
夢に見た君との旅路は かなわない

まず、あの日という言葉があることから、このフレーズは過去のことについて歌われていることがわかる。

はみ出しそうな笑顔とは何なのか?という疑問もあるかもしれないが、おそらく満面の笑みという言葉以上に顔に笑みが溢れていたということを伝えたいのだと思う。

ところで、あの日「も」という言い方をしていることから、今もその笑顔があることを匂わせるわけだが、そこの対比として、水の色や風の匂いという景色的要素は変化していることも示される。

これは実際的に景色が変わったことと、あの日から今に至るまで、それほど長い歳月が経ったことを示すとともに、心象風景として「心変わり」についても描かれているのではないかと思う。(もちろん、君のことを好きじゃなくなったとかそういうことではないのだけども)

いずれにせよ、僕は明日は旅立たねばならず、それで君とも離れ離れになってしまうわけだ。

「旅路」とは就職のことかもしれないし、転校なのかもしれないし、進学なのかもしれないが、それについては具体的な明示はされない。

とりあえず、君と一緒に過ごすという「旅路」はここで夢に終わってしまうというわけだ。

きっと僕ら 導かれるままには歩き続けられない
二度と これからは

導かれるままに、というのはすごく運命的なニュアンスがあるが、例えば、この二人が学生なのだとして同じ学校に入ってそこで出会うというのは、まさしく「導かれるままに歩いてきた」ことになるわけだ。

けれど、具体的に進路を決めるときになって、この進路に行けば君と離れ離れになるのが確定するとしても、それでも目指すものがあれば、そちらを優先しなければならなくなるわけだ。

導かれるままに、人生を決めていく、というわけにはいかないわけである。

それでも、現代からみると「二度と歩けない」というのは少し言い過ぎな感じもするが、この歌のリリースがされた頃はスマホはおろかケータイだってなかったわけで、一度離れたらもう二度と会えなくなるという感覚というのは、今以上に大きいものだったのだと察する。

君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて
優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて

「僕を困らせて」ということから、おそらく君と離れて違う場所にいく決意をしたのは完全なる僕の意志なのだろうが、そんな意志を揺るがせるような笑顔がもう一度見たいと僕は懇願するわけである。

その笑顔は、単に僕のことを虐めるだけの「優しさのふり」のようなものでいいから、とにかく笑顔がみたいというわけだ。

なんだか、ワガママなのかドMなのかよくわからない主人公である。

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2番の歌詞をみてみよう。

ふれあう度に嘘も言えず けんかばかりしてた
かたまりになって坂道をころげてく
追い求めた影も光も 消え去り今はただ
君の耳と鼻の形が 愛しい

「ふれあう」と「けんか」と「かたまり」という言葉が平仮名なのは妙である。

これは、漢字表記ができない理由があると考えてもいいのではないだろうか。

おそらく、平仮名表記の理由は、言葉に対して一つの限定的な意味を与えるのではなく、色んな意味合いに取れるようにしたかったからだと思われる。

つまり「触れ合う」を漢字にすると、肌と肌の触れ合いとかそんなことしか連想されなくなってしまうが、傍からみたら「それのどこが触れ合いなの?」と思うようなやりとりでも、二人の中では「触れ合い」になるし、逆のパターン(つまり、喧嘩)もあるというわけである。

「かたまり」というのも、複数のニュアンスを持ち得た言葉だから平仮名している表記にしていると思われる。

僕と君の心模様とか関係性の硬直とか、そんな目に見えない色んな要素が「かたまり」になって固まっていく、みたいなニュアンスがここに含まれているのではないかと思う。

その後に出てくるフレーズでは、

追い求めていた影と光→幻想
君の耳と鼻の形→実態

とあり、少しずつ幻想は冷めて実態そのものを愛するという筋に展開されるわけだが、恋という幻想や胸のドキドキだけで君のことを好きになったのでなく、君そのものが好きだから好きだったんだよ、という、好きというものの「想いの強さ」みたいなものをここで提示しているのではないかと思われる。

忘れないで 二人重ねた日々は
この世に生きた意味を 越えていたことを

このフレーズでも、それだけ君との生活は尊い日々だったことを示すわけである。

だから、君のことが嫌いで離れるわけではないし、君のことを「思い出」にする理由は、君のせいではないことを強調するわけである。

君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて
冷たい風に吹かれながら 虹のように今日は逃げないで

「虹のように今日は逃げないで」という言葉があるように、もしかしたら君は僕との別れを受け入れたくないと言ってるのかもしれない。

もう○○君とは会いたくないと言って、僕と会うことを拒んでいるのかもしれない。

しかし、僕からしたら君は虹のような素敵な存在であり、時間が経過しても大切な気持ちは変わらない、かけがえのない存在なわけだ。

だから、別れの前の最後の思い出は「笑顔」にしたくて、もう一度笑ってみせて、なんて残酷なことを言うのかもしれない。

君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて
優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて
君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて
冷たい風に吹かれながら 虹のように今日は逃げないで

要は、子供の目で僕を困らせてもいいから、今日は虹のように逃げないで、もう一度笑ってみせて、という話なわけである。

青春の一ページ。

君のことが大切なのに(おそらくは夢を追いかけるために)別れなきゃいけないわけで、それは僕にとっても君にとっても悲しいし辛いわけだが、もうこれから先、君との新しい記憶を保存しなおすことはできないからこそ、最後は「もう一度その素敵な笑顔を見せてほしい」とお願いするわけである。

こうみると、初期のスピッツの歌のくせにやたらと爽やかに見えすぎちゃうわけだけど、たまにはそういう解釈だっていいんじゃないかと思うわけである。

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