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今回はスピッツの「モニャモニャ」を取り上げたい。

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歌詞にどんな意味が込められているのだろうか。

ちなみに醒めないのジャケットに写ってるあの動物の名前もモニャモニャとのこと。

関係があるようで、関係ないようなそんな感じ。

まあ、細かくみていこう。

作詞:草野正宗
作曲:草野正宗

優しい眼で聞いている 僕には重要な言葉
感情は震えても 余裕なふりして隠し続けてた

まず、重要な言葉とは何だろうか。

感情は震えるような言葉なのだから、なかなかずっしりと胸にくる言葉であることは間違いないだろう。

でも、それは表情に出すべき言葉ではないから、僕は余裕なふりして感情を隠し続ける必要があるわけで。

一体、どういうシュチュエーションかわからないので、ここで何かを断言することはまだ難しい。

では、次のフレーズをみて考えみよう。

モニャモニャが一番の友達
なだらかな草原を走りたい
つまづくまで 燃え尽きるまで

出た、モニャモニャ。

「醒めない」のジャケットに出てくる可愛い怪物みたいなものもモニャモニャなので、このモニャモニャも何かの比喩として捉えるよりは、そういう架空の生き物をイメージしている方が歌詞の全体像は見えやすくなってくるんではなかろうか。

さて、そんなモニャモニャと並走するというなだらかな草原。

「なだらか」ということは、ほんの少しだけは坂になっているというわけでもある。

僕とモニャモニャは下っているのだろうか、それとも登っているのだろうか。

わからない。

燃え尽きるまでは走りたいということはわかったが、現状は最初のフレーズとの繋がりがなかなか見えてこない。

これだけのフレーズでは意味を探るのはまだ難しいので、次のフレーズをみてみよう。

笑うことなど忘れかけてた 僕を弾ませる

この歌の登場人物は二組である。

僕とモニャモニャだ。

で、重要な言葉はモニャモニャから僕に贈られたのだろうかと考えれば、それはなんとなく違う気がする。

考えられるのは、この歌に登場しない「君」という人物が歌詞外にいて、その君が僕に重要な言葉を贈ったのだという説。

だって、僕にとってモニャモニャは一番の友達といっているということは、ここの信頼関係は厚いことがわかるが、そんな僕が笑うことは忘れかけていたことは、重要な言葉によって生じた感情は悲しみの類である可能性が高い

重要な言葉によって、「笑う」感情を奪い取られたと考えるのが筋であろう。

僕はモニャモニャといることで笑いの感情が復活したのだから、笑いの感情を奪ったのは別の人物と考えるのも筋というわけだ。

で、重要な言葉によって生じた感情が「悲しみ」の類いだったからこそ、僕はわざわざ余裕であるふりをしたのかもしれない。

君に強がるために。

ということで、整理すれば、君の言葉によって僕は悲しい気持ちになり、モニャモニャと戯れることで、少し心に余裕ができて、久しぶりに僕は少し笑うことができるようになった、というストーリーが今のところ描くことができるのではなかろうか。

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歌詞の続きをみてみよう。

モニャモニャは撫でるとあったかい
この部屋ごと 気ままに逃げたい
夢の外へ すぐまた中へ

やがて雨上がり 虹が出るかも 小窓覗こう
笑うことなど忘れかけてた 僕を弾ませる

あったかいは平仮名で表記されている。

カタカナだと冷たくて無機質な感じがするし、漢字だと直接的な意味合いになるので平仮名にしているのだろう。

このあったかいとは、肌から感じる温度的なぬくもりを指しているのかもしれないし、心の中がほっとするという意味であったかいと表現しているのかもしれない。

部屋ごと逃げたい、と表現しているということは、心の中、内面世界の逃走を匂わせる言葉であり、モニャモニャは現実にはいない、僕の心の中にいる架空の生き物であることを示している言葉なのだろう。

夢の中じゃないとモニャモニャに会えないからこそ、僕は部屋にいたまま逃げたいと考えるわけだ。

そして、心が落ち着けば夢の外へ出ようと思ってはいるのだが、まだ感情が完全には癒えてはいないから、すぐに夢の中、モニャモニャのいる場所に戻ろうとしてしまうのかもしれない。

やがて雨が上がるということは、やはり今は雨が降っている=僕は悲しみに暮れているわけであり、それは君の放った重要な言葉と繋がっていることはもはや間違いないだろう。

おそらく、この重要な言葉とは別れの言葉なのだろう。

僕は君に別れの言葉を告げられて悲しい気持ちになっていたが、僕は想像力が豊かゆえに心の中にモニャモニャという友達を作ったのだ。

モニャモニャと一緒に心のなかに引っ込み、夢の中にいれば、少しは気持ちが落ち着くわけだ。

そんな世界を「部屋」と表現する。

部屋の外=現実世界はまだ雨(悲しみ)が降っているが、こうしてモニャモニャと時間を過ごしていれば、僕の悲しみは少しずつ癒えて、雨はあがり、虹がかかるのだろう。

そのとき、僕は部屋の窓をあけて、虹のかかった世界をみるのである。

すると、僕は笑うことができるのだ。

「引きこもりの僕」というテーマの歌を、妙にファンタジーにして可愛く表現しちゃうのがマサネムの凄さである。

でも、これはただの逃避の歌ではないのだ。

内面が豊かになれば、次に世界をみるとき、その世界も豊かに見えることは確かなのである。

外に出るばかりが偉いのではなく、心の世界を豊かにすることだって大事なのだ。

スピッツの歌がそうであるように。

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