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きゃりーぱみゅぱみゅの「最&高」の歌詞について書いてみたい。

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作詞:中田ヤスタカ(CAPSULE)
作曲:中田ヤスタカ(CAPSULE)

ちなみにこの歌、きゃりーのデビュー5周年を記念して作られた歌なのだとか。

そんなことも頭に入れつつみてみよう。

何十回 何千回の
最高な体験は
目には見えない かけがえのない
いつも共に歌う
何千回 何万回の 感動を創り出す
ミラクル まるで 魔法みたい
それは 偶然なんかじゃない

最&高 みんなと今日は
最&高 になりたいわ
最&高 まさかの夢じゃ
最&高 になれないの
最&高 叶わぬ恋じゃ
最&高 に意味ないわ
最&高 すべて飲み込む
最&高 になりたいの

何十回 何千回の
失敗をかみしめて
泣かない 負けない うろたえない
宴会じみてる毎日に
何千回 何万回の 衝撃を創り出す
ミラクル まるで 魔法みたい
それは 偶然なんかじゃない

最&高 みんなと今日は
最&高 になりたいわ
最&高 まさかの夢じゃ
最&高 になれないの
最&高 叶わぬ恋じゃ
最&高 に意味ないわ
最&高 すべて飲み込む
最&高 になりたいの

以上である。

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曲のメッセージとしてベースにあるのは、ファンやスタッフに日頃の感謝の気持ちを伝えたいというきゃりーの想いである。

ただし、この歌の歌詞は、歌っているきゃりー本人ではなく、プロデューサーの中田ヤスタカが行っているので、ストレートにきゃりーの想いが反映されているかというと、それまた少し違うわけだ。

ただし、中田の曲作りにおける最初の着想として、きゃりーのそういった気持ちを汲み取ることから始まったのも確かな事実であったりする。

歌詞中で、奇跡のような必然のことを「魔法」という言葉で形容する辺り、中田はきゃりーの歌にはどんな言葉が似合うのかが計算しながら歌詞をかいていることがよくわかる。

話は少し脱線するが、自分を表現するには他人が歌詞を書くよりも、自分で歌詞をかいた方が良いと信じているアーティストが多く、とりあえず作詞だけは自分でやってみましたという女性アーティストが多い。

確かに作詞は誰でもできるし、そのまま自分の想いを反映させることも難しくないように感じる。

けれど、ほとんどの女性アーティストは、宇多田ヒカルや椎名林檎、あるいはaikoや西野カナのように、「自分らしさ」を出した作詞をすることはできず、ありきたりなメッセージをありきたりな言葉で表現する、ゴミのような作詞を生み出してしまう結果に終わることが多い。

思っていることを思っている通りの言葉にすれば、そのまま「表現」になると考えているのであれば、それは勘違いも甚だしいということは、表現者を目指す人は全員頭に入れておかなければならない事実である。

他人に自分をどう魅せていくのか、という徹底的な検証を礎にして、「表現」というものは成り立っているのである。

中田ヤスタカプロデュースのアーティストというのは、その辺りのコンセプトがしっかりしているからこそ、全ての「表現」がきっちりと当てはまるのである。

それは、Perfumeであれきゃりーぱみゅぱみゅであれ、同じことである。(三戸なつめもコンセプトいう意味ではしっかりしているわけだし)

で、今回の「最&高」という楽曲でも、この言葉はきゃりーっぽいとか、きゃりーっぽくないかとか、コンセプトに沿うか沿わないか、といったことをしっかりと吟味した上で、歌詞から何から作られているわけである。

さて、今回の歌の歌詞で一番注目すべきは「最」と「高」の間に&(アンド)を挟んだ点である。

なぜ、こんなことをしたのか。

もちろん、メロディーありきで歌詞を考えているからこうなったというのが正解ではあるわけだが、メロディーにはまらないのご理由だけなら「&」なんて言葉は使わずに、別の言葉に変えてしまっても良かったわけだ。

ここのメロディーなら英語の方がしっくりくるような気がするわけだし。

けれど、英語がNGなのである。

なぜなら、それは、きゃりーのイメージにそぐわないから。

だから、絶対にここは日本語で言葉をはめる必要があったのだ。

けれど、どれだけ言葉を探しても、ここにしっくりと当てはまる日本語の単語がみつからなかったのだろう。

ならば、いっそ魔法の呪文のように思えるような、聴くだけでは意味がとれず、音だけが残るような言葉を使いたいと中田は考え、また感謝というテーマにも繋がる言葉を使うことを検討した結果、「最&高」というフレーズが採用されたのだと思われる。

結局のところ、女性アーティストというのは、椎名林檎であれ西野カナであれ、自分のキャラクターというコンセプトに沿って、歌詞が紡がれることが多い。

今回はきゃりーだったゆえ、こんな歌詞、こんな言葉を使うようになったというわけだ。

どんなアーティストでも、大きな舞台で活躍する人とは同じ着想に立って、世界観を作っていっているというわけである。

だから、バカっぽく見えるのも、幼く見えるのも、ある意味では計算であるということは、改めてここに記しておこう。

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