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きゃりーぱみゅぱみゅの新曲「原宿いやほい」の歌詞について書いてみたい。


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作詞:中田ヤスタカ(capsule)
作曲:中田ヤスタカ(capsule)

あ一刺激求めてランランとしたくて
曇りかけた空じゃダメ カラフルに変えて
みんな集めようワイワイ素敵なSHOW
オトナには気づけない砦

シャイにならもう成り飽きた踊ろう
ハイになれあの交差点から始まった
プリーズプッチャへンズアップワントウー
キミの楽園まで今昇りたいの

原宿でいやほい 原宿でいやほい
とりあえずいやほい
ほいほいほいほいほいほい
1.2.いやほい
ほいほいほいほいほいほい
1.2.いやほい

あーリアルな道はランウェイと違くて
でもねそんなときもほら
力ラフルに変える
みんな集めてワイワイ素敵でしょう
こどもでもきづけない一人じゃ

シャイにならもう成り飽きた踊ろう
ハイになれあの交差点から始まった
プリーズプッチャへンズアップワントウー
みんなで数えるの

原宿でいやほい原宿でいやほい
とりあえずいやほい
ほいほいほいほいほいほい
1.2.いやほい
ほいほいほいほいほいほい
1.2.いやほい

以上である。

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きゃりーの歌詞に深読みなんて意味がないと思う読者諸兄も多いのではないだろうか。

まして、中田ヤスタカが書き下ろしたものである。

きゃりーならこんな感じの歌詞に歌わせとけば「それっぽさ」が出るだろう、みたいなテンションで書いただけであり、別に意味なんてないでしょ?と思ってる人も多いのではなかろうか。

もちろん、きゃりーの歌はメッセージというものとは対極にある歌だと思う。

けれど、この歌詞から読み取れることは色々とあるとは思うのだ。

ポイントは、この歌詞を読めば、ほとんどの人が「この歌はきゃりーぱみゅぱみゅっぽい」と思うことである。

世間のきゃりーというイメージがいかに固まっているかがよくわかる。

そして、そのイメージを丹念に作り上げた中田ヤスタカであり、彼はそういう世界観を常に意識して曲も歌詞も書いてきたように思う。

渋谷でも新宿でもなく、原宿がタイトルとなっているのも、一緒の話だを

つまり、きゃりーが「原宿系」の代名詞だからこそ、原宿をやいほいするわけである。

きゃりーの歌詞というのは、きゃりーが歌うことで初めて成り立つようになっているわけだ。

そして、それはきゃりーというイメージを多くの人が共有しているからこそ成り立つものなのである。

けれど、きゃりーが「原宿系」の代名詞になってそれなりに時間が経つのに、なんで今さら「原宿」のことを歌った歌を彼女にわざわざ歌わせたのだろうか。

思うに、きゃりー自身はデビューから5年が経ち、ベストアルバムも出したことでひとつの節目を迎えたと考えていると思うのだ。

彼女はとても聡明なので、もっと長いスパン芸能に携わることを考えると、「原宿系」をはじめとする自分の凝り固まったイメージをどこかで脱却したいと考えているはずなのだ。

そのことを具体的に事務所なり中田ヤスタカなりに伝えているのかは知らないが、少なくとも30歳になっても同じことをやるつもりはないと彼女は思っているはずだ。

きゃりーは今24歳である。

20代後半は少しずつ方向性をチェンジしていき、30歳の頃には完全にイメージを変える、そんなことを考えているんじゃないかと思う。

そのためには、きゃりーはこういう歌を歌う!というイメージも少しずつ崩したいと考えているはずだ。

しかし、きゃりーがそれを志向すればするほど、賞味期限が切れるまでは今の路線でいきたいと、事務所やオトナ側の人間は考えるはずである。

中田ヤスタカも基本的にはオトナ側の意向に沿って、曲を作らねばならない。

だからこそ、あえてこのタイミングできゃりーに「原宿」という言葉を歌わせ、きゃりーっぽい音楽、きゃりーっぽい歌詞に仕立てあげることで、きゃりーってこんなイメージだよね、みんなが求めてるきゃりーってこんな感じだよね、というのを鮮明にさせ、印象づけようとしているのではないだろうか。

良くも悪くもこの歌はすごくビジネス的というわけだ。

結局、自分というものを出さないことが一番「きゃりーっぽくなる」という皮肉を抱えながら、きゃりーの周りに「原宿」というワードはどこまでもまとわりつくのである。

でも、一方で自分が作詞した壮大なバラードを歌う日も近いんじゃないか(それが良い歌かどうかは置いておき)と個人的には思っている。

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