LINEで送る
Pocket

きのこ帝国の「夏の影」の歌詞について考えてみる。

スポンサーリンク

*歌詞については他サイトから確認してくださいな。

この曲はアルバム「愛のゆくえ」に収録されている楽曲であり、この歌はそのアルバム中の一曲として捉え直す方がいいのだろう。

というのも、この曲を書いた佐藤は「愛のゆくえ」というアルバムは「“愛のゆくえ”をめぐる、9つの物語から成る短編集」であると言っている。

つまり、この歌の歌詞を考えるには、この歌は誰と誰の「愛のゆくえ」を描いたのか、そして、その愛はどういう結末を迎えたのかを考えることが重要となってくるのだ。

端的にいえば、この愛はハッピーエンドを迎えようとしているのか、バッドエンドを迎えようとしているのかを考える必要があるわけだ。

純粋にこの歌詞を読めば、この歌の主人公は女性であり、恋に落ちた男性との愛のゆくえについて書いてあるように思える。

しかし、この二人にはどこか危うさがある。

それは二人の関係を「夏の影」という危ういものに例えるから、だけではないだろう。

林檎とか、楽園とか、一度だけのくちづけとか、許されるとか、使用している単語がどこかアダムとイヴっぽい感じがしているから、というだけでもないだろう。

最後のフレーズで、思い出という名の花束が亡骸になって、それが波にさらわれていく景色を綴っているから、というだけでもないだろう。(この二人の恋の思い出が波に流されてはいないとしても、やがて同じようにこの二人の思い出と波に葬り去られる可能性は高いわけだ!)

決定的なのは、この歌は愛のゆくえについて歌っているのに、その愛(の重さ)についてはまったく触れられていないからだと個人的には思う。

どういうことかいうと、この二人は出会い恋に落ちて、やがて逃げ去っていく「過程」が描かれている。

「やさしい嘘つき 騙されていつも笑っていたわ」というフレーズがまずあり、その後には「楽園じゃなくても ふたりなら信じたい」というフレーズが出てくる。

簡単にいってしまうと、男は浮気してこの主人公に近づき、主人公はそんな男に恋に落ちてしまったわけだ。

当然、恋の始まりがそんな感じならば、向かう先は楽園とは程遠いものになってしまう可能性が高い。

けれども、主人公はそれを肯定して駆け落ちしようとしている。

太陽の出ている時間ではなく、夜にだけ行動を起こすのはそういう理由だからである。

「新しいふたりになれる」ということは、二人がちゃんと恋人関係になることを意味する。

いけない恋だとしても、本気で好きになったんだから仕方ないんだと言わんばかりに、「太陽が昇ったら許されること」を期待して、新たな生活を送るのである。

それにしても、個人的に違和感を感じるのは、全体を通して南の島にいるような感じのするこの二人なのに、歌詞の冒頭はこんな始まりであるところである。

冒頭のフレーズ。

“いらないものは窓辺に置いてゆくわ”

これが比喩でないとすれば、「窓辺」という言葉を使うというとことは、実は主人公は南の島ではなく、室内にいることになるのではないか。

そして、そんな窓辺に置く「いらないもの」って何なのだろうか。

これは最後のフレーズで、記憶を海に流していることとリンクすると思われるこのフレーズなわけだが、それを考えると、これは前の恋人との記憶ということになりそうである。

「生まれ変わっても あなたをきっと選ぶでしょう」と告白しているはずの彼女だが、こんなに簡単に容易く別の男に乗り換えていて、本当にその言葉を全うするのか怪しいところである。

でも、将来的にはともかく、そのときはそれしか眼中になくなってしまうのが愛というものだし、そんな危うい始まりをした「愛のゆくえ」をこんなに綺麗に描あてみせる佐藤のセンスは流石というほかない。

願わくば、この二人がいつかは楽園にたどり着くことを願うばかりである。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket