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2018年4月4日にリリースされたパスピエのミニアルバム「ネオンと虎」。

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この記事では、当該アルバムの感想を書いていきたい。

「ネオンと虎とは?」

アルバムタイトルであり、アルバムのトップ曲にもある「ネオンと虎」という言葉。

対照的なものを並列している感のあるフレーズだが、果たしてこの単語にどんな意味があるんだろう?

まあ、他媒体のインタビューを読めば、タイトルがなぜこうなったのかのネタバラシはしていたりするのだが、それをここで提示しても面白くないので、一旦それは読んでいないフリをする。

ここで言えるのは、ネオンというすごく都会的で“人工的”なものと、虎というすごく野生的で“自然的”なものを並列しているということである。

この「並列」あるいは「対比」というのは、このアルバムを堪能するうえで重要なキーワードになっている。

というのも、今回のミニアルバムでは全曲を通じて、相反する二つの要素をぶつけることで、意味を掘り下げるアプローチが多い。

例えば、「マッカメッカ」は、パートごとに細かく韻を踏んでいるが、その中で単語と単語の差異を上手に使っている。

真っ赤とメッカとか、真っ赤と真っ青とか。

そもそも「マッカメッカ」はリクルートの企画「Follow Your Heart & Music Presented by RECRUIT」に提供された曲でもあり、その時に掲げたテーマが“嘘と真”だったりする。

テーマ自体にも並列と対比がなされているわけだ。

「かくれんぼ」の歌詞でも、「もういいよ」というフレーズに並列の精神が隠されている。

かくれんぼをする時によく言う「もういいかい?もういいよ」の「もういいよ」と、諦めたときに言う「もういいよ…」の二つの意味が重ねられているのだ。

「恐るべき真実」にも、そういう要素がある。

歌詞を読んでいくと、出会いと別れとか、生と死とか、そういうふたつの何かが輪廻のように巡っている印象を受ける。

このように、各楽曲で並列と対比の仕掛けが構築されて、そこからさらなる意味を生み出すという構造をとっている。

楽曲のみならず、アルバム全体に視野を広げてみても、並列と対比の構造はみてとれる。

例えば「かくれんぼ」のように想像の余地がある歌詞で作られた歌と、「トビウオ」のようにメッセージの強い歌を並列させることで、歌の世界観と意味性をより浮き彫りにしている。

相反する価値を対にするからこそ、見えてくるものがあるわけだ。

このアルバムには、そういう構造が張り巡らされている。

「トビウオ」から見るパスピエの意志

先ほども述べたが、「トビウオ」の歌詞は、特にバンドの意志が込められた強い言葉が目立つ。

「生まれ変わるさ 何度でも」なんてフレーズは、どう聴いても今のパスピエのモードを表している。

というのも、2017年にドラマーのやおたくやが脱退し、パスピエは4人体制で活動することになった。

パスピエ内でも色々と「生まれ変わる必要」があったわけだ。

ただ、そこで生じた変化に対して、パスピエは「向きを変えれば追い風」になるし「考えようじゃ晴れ模様」と考えていることを示し、まだまだこれからもシーンの中をトビウオのように跳ねていく決意を見せるわけだ。

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そんなモードだからこそ、「ネオンと虎」のようなアルバムが生まれたのだろう。

脱退があるからこそ、進化があるわけで。

あと、ネオンと虎の話に引き寄せて言えば、この歌は虎側に寄せたフレーズが目立つし(そもそもトビウオという単語が虎側の野生感の言葉っぽいし)、実際「野生」というキーワードも歌詞に入っていたりする。

なつき嬢は、他媒体のインタビューにてこんなことを語っている。

“ネオン”っていう人工物と、”虎”っていう野性の感じって、私たちに近いのかなと思ってるんですよね。シンセサイザーとかエレキを使ってるけど、でもバンドの力強さを頼りに生きているというか。

そうなのだ。

そもそもパスピエというバンド自体が並列と対比のバンドなのだ。

そして、そんなバンドの力強さに寄せた「虎の部分」が、トビウオという歌を通してこれでもかと示されている。

パスピエの歴史がここにある

「ネオンと虎」は、ザ・80年代ニュー・ウェーヴな歌であり、それはパスピエの出自であり、ルーツの音楽である。

ちなみに、ニューウェーブが何かはよくわからない人は、シンセサイザーが鳴ってるこの感じがニューウェーブ感と思っといてもらったら、たぶんいける。(たぶん)

一方、「マッカメッカ」はテンポの変化が激しかったり、間奏の部分でいきなり楽器隊が前面に出てきたりと、曲の展開が独特で、プログレ感の強い一曲となっている。

アルバムを進めていくと、生のヴァイオリンを取り入れた「Matinée」や、全体的にポップな「トビウオ」が出てきたりと、各楽曲ごとの色がまったく違う。

「オレンジ」に至っては、パスピエにしては珍しくファンク臭が漂うディスコチューンだし。

そして、ラストの『恐るべき真実』では大胆にピアノがフィーチャーされて、クラシック要素が前面に出てくる。

やがて、クラシックからプログレ感のある怒涛の展開をみせて、この曲は最終的に不思議な着地を見せることになる。

対比という話に戻すと、この「恐るべき真実」はクラシックとポップスの並列と対比があるように思う。

クラシック=ドラムという打楽器的ビートがないジャンルに、少しずつバンドが介入していくことで、ビートが生まれ、ロックになりポップになる。

おまけに、その展開が独特だから、パスピエの性質であるプログレ感も生まれる。

ニューウェーブやプログレに、ロックやポップスという要素を落とし込むことで、パスピエというバンドが個性を手に入れたように、このアルバムにはパスピエが歩んできた系譜に、今のパスピエを落とし込むことで、新たなパスピエを生み出す、なんて構造もあるわけで。

昔のパスピエと今のパスピエ。

「ネオンと虎」と同様、それもまたひとつの並列と対比なのである。

そして、この二つが対比されることで、今までになかった新たなパスピエ、という要素も見えてくるわけだ。

ネオンと虎なパスピエの様々な音楽的要素を横断することで、新たなパスピエの音楽にたどり着く、そんな心地にしてくれるこのアルバム。

少し言葉がまどろっこしくなってしまったが、要はこれからのパスピエ、すごく期待できるよね、っていう話であり、螺旋階段を登るように、パスピエの色んな要素を堪能しながら、気がついたら新しいパスピエの扉を垣間見てしまっている、そんなニューアルバムでした、という話。

いや、「ネオンと虎」、マジでオススメです。

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