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シンガロングをすることは、日本のライブ文化だと嫌われやすい。

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ただ、シンガロングを嫌う人でも全面的にそれを否定している人はいないと思う。

「アーティストが先導するシンガロングはアリ」と考えている人が多いだろうし、「空気を読んだ上でのシンガロングはアリ」と考えている人が大方なのではないかと思う。

さて、問題。

空気を読んだシンガロングとは何だろうか?

これはシンガロングに限らず、ダイブ・サークル・モッシュその他ありとあらゆるライブで起こりうる観客の行為に言えることだと思うが、マナーの説法を語りたがる人は、二言目に「空気を読め」と言いがちである。

「空気を読め」というのは、言い方を変えたら、周りの動きをよく見たうえで、自分の行動を選択しろという話だと思う。

ライブにきて無我夢中で音楽を楽しみたいのに、アーティストに目を奪われすぎず、適度に他人のことも視野に入れろ、とはこれ如何に、という感がなくもない。

確かに空気を読みつつ、TPOに合わせた動きを全員がとるライブは、往々にしてすごく快適だし、わりかしピースフルな空気でライブが観れることは間違いない。

が、クラシックみたいな「しきたり」が充満しているコンサートならともかく、これを「ロック」と冠がつくライブやフェスに据え置くのはどうなのか?という思いもあるわけだ。

一般的な価値観から逸脱していたり、批判がくる恐れのあるモノ・コトは全て規制や排除をしてしまう、「出る杭は徹底的に打つ」という日本的な考え方。

一人一人が少しずつしたいことを我慢をすることで、全体的なモラルや秩序を安定的なものにする、という考え方が日本人らしいし、これが日本人の良いところでもあれば悪いところでもある。(こういう考えが支配的だからこそ、残業や違法労働がなくならないわけで)

このサイトでも散々「害悪ライブキッズ」をネタにしたり、最低限の思いやりは持たないといけないよ、みたいな話はしてきているわけだが、勘違いしてはいけないのはライブ中に思いやりを忘れないようにすることと「他人の様子を伺って空気を読む」ことは似てるようで、まったく違うということである。

上記で言うところの「思いやり」というのは、行動レベルで言えば自発的なものである。

明らかにしんどそうな人がいれば、その人に声をかけてあげたり、モッシュの中から出やすいように立ち振る舞ってあげる、というのは「思いやり」だと思うが、これは、他人への思い→行動、という流れで出力している。

だから、自発性があるし、能動的でもある。

一方、上記で言うところの「空気を読む」というのは行動レベルで言えば、抑圧の意味合いが強い感じがする。

他人への思い→行動の制御。

つまり、やりたいことを我慢するという考えが「空気を読む」であり、これは「思いやり」とは全然違うということだ。

ダイブはするなとか、モッシュはするなとか、アンコールでスマホライトで照らすなとか、歌うなとか、全部がぜん〜ぶ、行動への抑圧なわけだ。

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行動を抑圧してしまって、みんな前習えをするようにするしたら、運営=管理する側だってコントロールするのが楽だし、全体としてみれば「快適」だとは思う。

けれども。

音楽ってそういう場だっけ?

少なくとも、ロックの現場ってそういうもんだっけ?という話になる。

最初の話に戻って、シンガロングの話をしよう。

例えば、一般的にシンガロングを肯定する瞬間というのは、アーティストが客の方にマイクを向けたときだったり、アーティストが「俺の後に続いて歌ってくれっ!!」って合図したときだったり、アーティストがサビ前にふいに歌うのをやめて、「今、ちょっと喉がきついから代わりに歌っといてくれ」みたいな空気を出したときだったりするわけだ。

要は、アーティスト側が指示したり、許可したときのシンガロングはアリだから、アーティスト側のサインをしっかり汲み取り、空気を読んで行動しようね、ってことなわけだ。

でも、僕は思うわけだ。

本来ならば、自分の熱狂を行動として表現してしまうようなそれを、アーティストの許可がなければすべてNGにしてしまうなんて、なんてつまらない考えなんだ、と思うわけだ。

例えば、アーティスト側が許可したからダイブ・サークル・モッシュするとか、もうその時点でそのダイブ・サークル・モッシュってダサいし、熱狂とは完全に無縁の「お遊戯」でしかないと僕なんかは思ってしまう。

本当の熱狂というのは、気がついたら「飛んでる」ものだし、気がついたら「歌っている」ものなのだ。

そのときにアーティストが何を望んでるかなんて一切頭になくて、そのアーティストが鳴らす音楽にただただ胸を掴まれ、気がついたらそれが行動に変換されてしまっているわけだ。

理屈とは無縁だし、「空気を読む」なんてもっと無縁なものなわけだ。

要は、音楽における衝動・熱狂というのは「空気を読む」とは、対極にあるものということだ。

そういう意味で、僕は空気を読んだシンガロングしか肯定しないという大方の意見には反論したい。

熱狂に身体が犯されると、気がつくと一曲丸々シンガロングするということだって、普通にあるのだから。

けれど、誤解をしないように付け足しておくと、シンガロングならば何でもOKとは僕だって思わない。

これはダイブでも同じことだと思うが、それが音楽による熱狂故に起こったものであるかどうかが大事なわけだ。

乗り物に乗るようなノリでヘラヘラしながらリフトしているサマを見ていたらムカつくのと同じように、ヘラヘラしながらイッキてシンガロングしているサマを見れば僕だってムカつくし、そういう奴らはグーパンでもしたらいいとすら思う。

ただ、少なくとも、音楽的な自由というのはアーティスト側が許容した範囲でしか存在しない、ということはあり得ないし、あまりにも学校的な考え方であるわけで、もっともっと自由であるべきであると僕は感じるという話。

まあ、こんなことを言うと、静かに音楽を聴きたい人はどうなるんですか?そういう人の存在は無視ですか?なんてクレームがきそうであるが、本気でそのライブに熱狂していたら、そんな歌声気にならないと思う。

僕はそうだ。

まあ嫌なら、ネットで小言は並べるようなマネはやめて、「僕はあなたの歌声が単純に不愉快なので、その歌やめてください」とでも言えばよい。

これをマナーだからとか、ここは歌う場面じゃないでしょ、とかよくわからん理屈を並べるから話がウザくなるのであって、もっと自分の利益に寄せた話をしたらいいのだ。

さて、あなたはどう思いますか?

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