LINEで送る
Pocket

パスピエのワンマンライブに行ってきた。

スポンサーリンク

「パスピエ TOUR 2018 ”カムフラージュ”-虎編」のUMEDA CLUB QUATTRO公演である。

個人的な話をすれば、ワンマンライブでパスピエを観たのは「「パスピエ TOUR 2014 “幕の外ISM”」だった僕。(フェスとかイベントではちょくちょく観てるけども)

決して熱心にパスピエを追いかけてきたわけではないので何一つ偉そうには言えないんだけど、およそ5年ぶりくらいに行ったパスピエのワンマンライブはすこぶる良かった。

前回観た時と比べものにならないほど、良いライブをしていたように感じた。

それだけパスピエは進化ということだと思うんだけど、なぜ、僕はパスピエのライブが凄く良いと感じたのか?

そのことを少し言葉に残しておきたいなーと思う。

パスピエはずっと微妙な立ち位置にいた

2014年前後のパスピエって、どんどんバンドが大きくなってきてて、さらにたくさんの人に音楽を届けていくっていうタームに入っていたように感じるんだけど、だからこそ色んな壁にぶち当たっているようにも感じた。

当時のバンドシーン、フェスシーンを踏まえ、多くのお客さんがロックバンドに求めている需要と、自分たちのやりたいことに対してどこまで折り合いをつけるか?ということに悩んでいるように見えたのだ。

簡単に言えば、盛り上がれば何でもオッケーじゃんって空気が氾濫するフェスシーンで、どこまで「盛り上がる」ということにコミットしていくのか、を迷っていたというか。

デビュー当時のパスピエは手拍子する奴らすら殺す!っていうくらい「ちゃんと自分たちの音楽を聴いてください!」って志向が強いバンドだった気がするんだけど、それではやはりダメだ、よりたくさんの人に音楽を届けないと、という流れのなかで「演出家出演」というアルバムをリリースした。

このアルバムは、当時のフェスのムードと親和性の強い歌が多く収録されていると思う。(BPMが早くて、サビがわかりやすくて、盛り上がりやすい曲が多い。実際、今ツアーでもこのアルバムに収録されている曲を披露するときは、ライブのテンションをあげたいときに使うことが多いし)

ただ、こういう音楽を作る一方で、度がすぎる盛り上がり主義に違和感を覚えていたのがパスピエの心臓である成田ハネダだった。

Twitterなんかでは「僕は、ステージにずーっと背を向けてサークルやオイオイコールを煽る人は違うんじゃないかと思っています」などの言葉を投げかけ、自身のライブ観を述べることもあった。

フェスやイベントに出演すると、音楽は二の次のような楽しみ方をするような人たちばかりが目に入るし、なによりそういう人たちが「力を持つ」ことにより、音楽を純粋に楽しみたいと思っている人の楽しみ方を妨害しているサマに目撃することがあって、ナリハネさん自身思うところがあったのかなーなんて思う。

そんなこともあり、ナリハネさんを中心にパスピエは、常にオーディエンスとの向き合い方に苦慮を重ねたバンドだった。(作る音楽もそうだし、手拍子なんかの煽りも考えながらやってるように見えた)

僕が前回行ったツアーは、そういうお客の需要にどんどんコミットするような音楽を作るのではなく、自分たちの表現したいことを大事にした音楽をする、そんな舵切りをしようとしている状況だったように感じる。(「幕の外ISM」というアルバムはそういうパスピエのムードをパッケージにしており、ポップ色が強い作品になっている)

そんなパスピエが、今はどんなライブをしているのか?

不安もあれば楽しみもあったわけである。

スポンサーリンク

そんなこと、どうでも良くなった

ワンマンライブに行ってない間に「メンバーの顔出し解禁」や「メンバーの脱退」など色んなトピックがあったパスピエ。

どういうムードでライブをするんだろうと足を運んでみたら、とにかく自分たちが自分たちの音楽をすることが楽しくてしょうがない!そんな多幸感に満ちたパスピエの姿があった。

なにより、前に観た時よりもオーディエンスとの向き合い方がフラットになっていた。

例えば、昔のナリハネさんなら、観客に手拍子を煽るのも凄く慎重だった感じがするんだけど、今では手拍子を煽ったり両手を高く上げて「ドヤ!」なポーズをとるだけでなく、キーボードから離れて客席に向かって「ウケを狙うポーズ」を取って観客のテンションを上げたりするなど、オーディエンスとの向き合い方に良い意味で慎重さがなくなっていた。

おそらく、今ならどういうパフォーマンスをしても、観客はきちんとパスピエの音楽を受け止めてくれることがわかっているから、変なところに片意地を張らず、以前以上に楽しくライブができるようになったんじゃないかなーと。

顔を隠す必要がなくなったのも、そういうことなのかもしれない。

ボーカルである大胡田なつきも、前以上に自由で楽しそうに歌っているように見えたし、ボーカルとしての表現力も格段に上がっていた。

余談だが、ベースの露﨑義邦がMC中に他のベースにシードルが引っかかって倒れそうになっててしまい、それに気づいた観客が「あぶなーい!」って声かける場面があった。

こういう一コマを取っても、バンドと観客が良い距離感にいるように感じた。

つまり何が言いたいかというと……

確かに2014年の時よりも、パスピエの客の入りは減ったかもしれない。

でも、それは新作がしょーもない作品だったからファンが見限って離れたとかそんなんじゃなくて、パスピエがその時々のやりたい音楽をきちんと提示してきた結果、ファンの総数が多少流動しただけのことのように思う。(だから、ライブを観ていても、過去曲だけが盛り上がるということはなく、どの時代のどの曲も等しい盛り上がり方をしているように感じた)

作る音楽が変わると、どうしても「あの頃が良かった」という人は一定数いる。

けれど、パスピエはちゃんと自分たちの哲学に従った音楽を作り、前作の焼き直しではなく「お。次はこんなアプローチの作品を作ってきたのか!」と毎回ドキドキさせる作品を作ってきている。

そういう変化を見せるからこそ、客の様相もその分変化した。健全な変化をしただけのことなのだと思う。

まあ、パスピエはアート性の強いバンドだから、もっと大きな仕掛けや映像演出をするライブもしたいだろうから、本音を言えば、もう少し大きなキャパでのライブと思っている気はするけども。

いや、でも「ネオンと虎」ってミニアルバム、すごいなーと改めて感じて。

「マッカメッカ」を披露すると会場の空気がはっと変わってオーディエンスは上がりまくるし(ちなみに、この歌の間は照明が真っ赤になる演出にもニヤリとしました)、「オレンジ」を披露するとブラックミュージックな艶やかな空気により独特な横揺れが生まれるし(この時の照明がオレンジ色だったかどうかはあまり覚えていない)、「かくれんぼ」はそもそもサビでゆらゆらしているし、「恐るべき真実」はライブハウスにいるはずなのに、まるでホールに誘われたかのような、壮大な曲世界が広がっているし。

そういや、ライブで披露する曲をライブ用にアレンジすることって多いけれど、普通、それって旧曲のみの場合が多いと思う。

けど、パスピエは新作「ネオンと虎」でも、ほとんどの楽曲で、細かな部分をライブ用にアレンジし直されていた。そういう部分にも、パスピエの凄さを感じた。

ネオンな楽曲たちが虎のように進化していく、そんなパスピエの真骨頂を見ることができた、そんな素敵なライブなのでした。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket