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たぶん、昔なんかの記事で「青春パンクロックはオワコンになった」みたいなことを書いた気がするのだ。

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確かに、2000年前後、当時ブレイクしてブイブイは言わせていたバンドのほとんどはブームが過ぎると大きく動員を落とし、バンドでメシを食えなくなって「続けること」を諦めたバンドがたくさんいた。

これを指して僕は「オワコン」と表現したわけだが、まあ失礼極まりない言い方だなーと思いつつ、そもそも「青春パンクロック」は終わってなんていなかったのだ、ということを改めて痛感することになった。

4年ぶりに開催されたガガガSP主催のフェス、長田大行進曲。

僕はそこに行ってきて、ガガガSPはじめ「青春パンクロック」とカテゴライズされがちだったバンドのエキサイティングなライブを目撃することになったのである。

確かに銀杏の峯田はあの頃と違い、身体はがブヨブヨになっていた。

確かにサンボマスターは昔と違って、自分の葛藤とか悩みを歌うことはなくて、「綺麗なこと」ばっか言うようになった。

確かにガガガのコザックは、昔よりステージ上の動きが鈍くなった気がする。

そう、変わるものもある。

けれど、変わっていないものもあった。

音楽を聴いて感じる、あの時の衝動。

それが蘇ってなんかわからんが「うおーっ」ってなるあの感じ。

普段はなかなか上がらない右手が空に突き出て、揉みくちゃになりながらステージを釘付けになる。

音楽に、ロックに、ただただ魅力されたのだ。

変わったといえば、何年も前の長田に出たときはガラガラだった四星球のライブが満員だった。

やるボケなすボケ、全てが大ウケで、四球っていうより特大ホームランやんみたいなライブをしていた。

面白いのに泣けるし、かっこ良かった四星球のライブ。

改めて思う。

オワコンって言ってごめん。青春パンクロックまだまだ現役だわ、最高やん。そう思った。

ただ。

じゃあ長田大行進曲は満員だったのか、今後も開催しましょうよ!と背中を押されるほどの券売を果たしたのかと言えば、それはなかったように感じる。

ブームとは違うところにあるんだなーというのは感じるわけだ。

そして、こんなことも思った。

フェスシーンは本当に飽和してるんだろうなーって。

長田大行進曲に限らず、9月〜10月もわりと色んなフェスが開催されてるんだけど、券売状況をみてみると「このメンツなのにソールドしないの?」と言うフェス・イベントがわりと多い。

同じメンツでも年末にやればソールドするんだろうなーってイベントも、秋のこのタイミングだとソールドしにくくなっているのだ。

なぜか。

端的に言えば、夏フェスがたくさんあるからだ。

元々、フェスって夏がメインだったわけだけど、気がついたらフェスってビジネス、めっちゃ活況やん!って状況が生まれていて、いつしか、季節関係なくぼんぼんフェスが乱立するようになった。

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そしてそれに伴い、地元のフェスにとりあえず行く、という人よりも、観たいアーティストがライブするならとりあえずそこに飛ぶ!っていう「遠征」の人が増えた。(これはTwitterの影響も相当大きいと思うが)

特に、夏フェスは遠征する人が多く、散財する人が多い。

だから、秋は財布の紐をきつくして、ライブ禁をする人が出てくるのだろう。

そうなのだ。

フェスの数が増えたところで、僕たち庶民のお金は増えるわけもなく、行けるフェス・使えるお金の額は限られているわけだ。

アーティストはMCなんかで「ライブハウスに来てください。音源買ってください」なんて簡単に言うけど、月に数万しかないお金で(人によるとは思うが)やりくりしようと思ったら、取捨選択するしかない状況が生まれるわけだ。

若い子は若いバンド追いかけるので、いっぱいになるし、おっさんおばさんは年をとるとどこかのタイミングで趣味からリタイヤせざるを得ない人がそれなりに出てくる。

だから、ブームが起こるし、いつかそのブームは終わりがくるのである。

でも、こうやって改めてシーンを眺めると、わりとしぶとく残ってるバンドも多いよなーと感じたりもする。

ガガガと同じく、今年20周年を迎えるACIDMANは、さいたまスーパーアリーナにて初の主催フェスを行う。

今のACIDMAN単体の人気を考えたらさいたまスーパーアリーナの即完はありえないだろうが、メンツが(ACIDMANを好きな人にとっては)たまらないメンツだったこともあり、チケットは即完した。(11月のフェスで即完はけっこう珍しいことだと思う)

そう言えば、ガガガSPとACIDMANは同じ20周年バンドであり、両イベントともけっこうな数のアーティストを招聘しているが、一人たりともメンツが被っていない。

同じ期間、歴史を刻んでいながらも、バンドごとに違うシーンを生きてきたを実感する。(昔はそんなにフェスも多くなかったし、ワチャワチャ仲良しごっこするバンドは少なくなかったから、余計に被らないのかもしれない)

ところで、ガガガがいたからカミコベが生まれたことはご存知の人も多いと思う。

ガガガはそういうところでも、神戸の第一線を張ってきたバンドだった。

そして、ACIDMANフェスのメンバーをみると、もちろん初期の頃から仲が良いメンツもいるだろうが、このメンツの仲が深まったのは間違いなく東日本大震災以降であり、東北ライブハウス大作戦が大きなきっかけのひとつであるように思う。

震災とボランティア。

東西でまったく違うシーンを生きてきたふたバンドだが、歩んできた道を見ると、不思議と似てくるところが出てくるのが面白いところである。

そういや、東北震災がなかったら、邦ロックシーンというのは大きく変わっていたように思う。

だって、震災がなかったらACIDMANフェスの面々が仲良くなることはなかっただろうし、ACIDMANが自分の主催のフェスをやろうとは考えなかったかもしれない。

ACIDMANに限らない。

これはトシロウ談だが、彼は震災前はそんなにバンドのやる気がなくなっててバンドを活動休止して、どこか遠いところに行ってしまうと考えていたらしい。

つまり、BRAHMANは活動休止を選んでいたかもしれず、シーンから名を消していた可能性があるのだ。

あるいは、今週ついにニューアルバムをリリースするハイスタだって、震災を一つの契機にしてバンドを動かしていなければ、今こうして彼らが活動することはなかったかもしれない。(たぶんケンヨコはそういう指摘を否定すると思うが)

なにより、震災がきっかけで、この世代のバンドが一致団結したことが、この世代のバンドの「延命」に繋がっていると思うし、ハイスタを始めとするおっさんバンドが、下の世代に伝わった大きな要因になっていると思うのだ。

つまり、震災がなければ、この世代のバンドはもっと急速に人気を失っていったし、それ故、活動休止するバンドも増えていたんじゃないかと思うのだ。

わかんないけど、ね。

あと、こんな言い方したら、震災を肯定しているように見えちゃうけど、別にそういうつもはない。

ただ、音楽と社会(特に政治)と繋げる風潮がダサいとか不愉快なんて言われることもあるが、音楽以外のスタンスに「ブレがない」バンドはなんだかんだで、残るんだなーとガガガとかその周辺を見て改めて思うわけである。

だから、バンドって「人柄」が一番大事なんだなーって思うのである。

もしかしたら近い将来、若手バンドの多くが「オワコン」になる時代がくるのかもしれない。

ライブ特需がなくなって、シーンがどんどん尻すぼみになるときがくるのかもしれない。

けれど、そんなブームとは関係なく残っているバンドの最高のライブをみると、カッコいいと思うバンドはシーンとかブームとは関係ないところで音を鳴らし続け、生き残り続けるんだなーって思う。

何か何が言いたいのかわかんなくなってきた。

この感覚、上手く言葉にはできないけど、僕は単純に長田大行進曲に行けて凄く良かったなーって思うし、いつもよりも胸を打つものがたくさんあったんだということ。

そして、どれだけ年を重ねて青春パンクロックが大好きだっていうこと。

つまり、ガガガSPにありがとうが言いたいそんな気持ちなのである。

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