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今年、僕が夏シーズンにフェスと呼ばれるイベントに足を運んだのは三つ。

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こなそんフェス、サマソニ、ラシュボである。

で、足を運んでみると、当然ながらフェスごとに色の違いがあった。

こなそんフェスは良い意味で地元のお祭り感がすごくしたし、サマソニは他のロックフェスではなかなかお目にかかれない露出度の高いお姉さんが会場を闊歩していてパリピイベントっぽさがあったし、ラシュボ二日目はステージに上がる人がことごとくイカつかったり、ムキムキだったりしたため、ロックフェスというよりもボディービルダー大会にやって来たような心地にさせられた。

そんな今年の僕の夏フェス。

せっかくなので、行ってきた感じたこと、思ったことをつらつらと書いていきたいなーと思う。

客が集まるバンドの変容

好きとか嫌いは抜きにしてみたときに、今年の大阪のサマソニのメインステージで満員にした唯一のバンドはワンオクだった。

また、僕が行ったラシュボの二日目で一番客の入りが多かったのはオーラルだったように思う。(そのオーラルは、ワンオクが出ていた日のサマソニに出ていたこともポイントであるように感じる)

色々な条件が重なったうえで、というのはあるのだろうが、20代後半から30代前半のバンドが集客のピークになる、というのはすごく象徴的であるように感じた。

あのロッキンですら、今年は積極的にこの世代のバンドをメインステージに挙げていたし、WANIMAに至っては、人気になりすぎて逆にフェスにあまり出なくなるという状態にまでなっているわけだし、考えたら凄い話である。

サマソニはガラガラだったなんて揶揄されるけれど、それは集客できるバンドが変わってきたからこそ起こった話だとも言えるし、集客できるバンドが変わるということは、フェスに能動的に行く人たちも新陳代謝していることを示すわけだ。

シーン全体を考えてみたら、これって単純に凄いことだし、良いことだよなーって思う。

まあ、WANIMAみたいなバンドが強いのは下の世代だけでなく上の世代も魅力してしまうからだったりはするんだけど、それは置いといて、圧倒的・絶対的人気と存在感を放つバンドが、20代後半から30代前半くらいのバンドからどんどん出てきている、というのはすごく希望があるよなーって話。(サマソニみたいなイベントの人気が下火な最大の理由は、若い世代で世界的に人気の「ロックバンド」が減ってきているのが一番の理由だなと思うし)

だって、同じ洋楽でもブルーノ・マーズやエド・シーランなんかは、きっちり日本でもウけているわけだし、洋楽そのものが国内でまったく需要がない、ということはないように思うわけだ。

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近年のシーンの流れ

先ほど述べたような世代がどんどん躍進をしていることは間違いなくて、多くのバンドがよりスケールの大きい舞台、それこそ武道館やホールツアーなどを堂々と成功させている。

ドロスやサカナクションみたいな30代半ばのバンドが不動であるという時代は終わりつつあり、次の世代がその存在感を強めている時代がきているわけだ。

また、この世代のバンドは積極的に外(ライブハウス以外で)に出てライブをしたり、テレビにどんどんと出ていくことが多いので、今まであまり音楽に精通していなかった若い人たちが「ロック」とか「バンド」に関心を持つという状況も生まれているように感じる(だからこそ、フェスで人気になるバンドも変わってきているわけだ)

ただ一方で、ド・インディーズから次のシーンを創り上げるような存在感を放つバンドは最近、なかなか出てきていない状態のような気はする。

バズリズムのランキングのなんかがもう顕著で、例えば2016年のバズリズムの今年はこれがバズるはず!みたいなランキングで上位になった5組ってWANIMA、Mrs. GREEN APPLE 、SUPER BEAVER、My Hair is Bad、Suchmosだったわけだ。

このタイミングで振り返ってみたらわかるけれど、とにかくメンツがヤバイ。今のシーンを作っているメンツしかいないことがよくわかる。

2017年のランキングでも、ヤバTやらポルカやら、そこそこブレイクしている人たちが並んでいるので、このランキングの信憑性って凄いなーって空気になるんだけど、それと対比したときの2018年に発表されたメンツの地味さ、今の躍進具合を見ると、何とも言えなくなる。

当然、売れるべき人はどんどん売れていってこのランキングから抜けちゃうのだから、年々ランキングにノミネートするバンドの勢いが下がっちゃう、というのは仕方がないことではあるんだけども、ただ、やっぱりインディーズの勢いだけでみたとき、ほんの数年前と今ではけっこうな違いが出てきているように感じちゃうわけだ。

つまり、ここ最近の傾向として、数年前にネクストブレイクと呼ばれていたバンドがマジで今ブレイクしてどーんってきているなかで、逆に今、フェスとかの小さいステージで奮闘しているインディーズバンドのバズり方には少し勢いがなくなってきてて、このバンドが2年後にはシーンに圧倒的影響を放っているな〜って思えるバンドが不在になっている感が強いなーと思ってしまうわけだ。

それこそ、ラシュボのATMC(サブステージ)を観ていても感じるんだけど、本当に「こいつらはネクストブレイクだな」って思えるバンドがステージに立つと、ステージにブラックホールでもできたのか?って思うくらいにお客さんが集まってきて、ステージまわりがドえらいことになるんだけど、近年だとそれがほとんどない。

そういう現象になったのは、2年前のヤバTが最後じゃないかなーってくらい、今のATMCの集客は穏やかなのである。

これって色々理由があると思うんだけど、はっきり言ってしまえば、20代後半から30代前半のバンドが躍進しちゃって盤石になってしまったから、っていうのが大きいと思うのだ。

今完全にブレイクしている世代の音楽を聴くだけでもフェスに行く分には十分楽しいから、知らないバンドが演奏している時間はご飯タイムにしちゃうし、もう既に良い音楽いっぱいあるから別に新しいやつはいらないよ、みたいな空気になっているんじゃないかなーって。(日タグでも似たようなバンドが並んでいるように感じるし)

実際、推しのバンドに貢ぐので時間的にも金銭的にもいっぱいな人がほとんどだろうし、インディーズを観測しなくても、他に音楽を掘らなくても、幾つかの好きなバンドが次から次へ情報を垂れ流してくれるから、それを追いかけるのでいっぱいいっぱいだから、ネクストブレイクのバンドは別に…売れたり流行ったりした音楽があればそれだけは聴きたいけど…みたいな感じになっているんじゃないかなーと思うわけだ。

だから、フェスシーンを世代という観点だけめみれば、間違いなく今、世代交代をしている渦中であるわけだけども、ある部分では世代交代の新陳代謝が緩やかになってきたのかなーなんて、そんなことを思うわけである。(とは言いつつも、大阪に限って言えば、インディーズバンドばかりが集まるサーキットイベントは大盛況なので、ちゃんとインディーズシーンはインディーズ好きに支えられていることは間違いないんだけども)

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フェスにおけるライブの盛り上がり方の変化

枕が長くなってしまった。

話したかったのは、ここからである。

世代が変わってきたフェスだけど、それに伴って、なんかフェスの盛り上がり方も変わってきたんじゃないか?っていうのが、この記事の本論なのだ。

ちょっと前のフェスって、とりあえずサークル作るぜ!とりあえず、ダイブやるぜ!って奴が死ぬほどいて、良くも悪くもグチャグチャしてた感じがあるんだけど、なんかそういうグチャグチャ感みたいなものは減った気がするのだ。

もちろん、暴れるべきバンドではきちんと暴れてるんだけど、なんとなくその暴れ方に変化が出てきたというか。

いや、それはお前が行ってるフェスがそうだっただけで、行くフェス変えたら全然違うわ!っていう指摘はごもっともだし、そもそも僕自身が前の方でライブを観るのはBRAHMANくらいなので、この感覚は何の的も射てないのかもしれない。

けれど、少なくとも、オーディエンスと客との応答のあり方自体は変わってきたんじゃないか、という気がするのだ。

それこそ、名前を挙げたBRAHMANのライブでも、それは感じていて。

例えば、2015年くらいだともうちょっと「暴れるだけ」「潰し合うだけ」みたいな空気が濃厚だったんだけど、最近はそうじゃなくて、暴れるときは暴れるけれど、それだけじゃないライブの楽しみ方が強くなってきたというか。

例えば、「警醒」が披露されると、トシロウは客席にダイブしてくるし、客はトシロウにつかみかかったりする。トシロウはトシロウでそんな客に対して肘鉄を食らわせる。そんなカオスな光景が繰り広げられたりする。

傍目からみたら乱闘騒ぎである。

けれど、そのあとに披露する「鼎の問」なんかになると、みんなトシロウの方を向いて、拳を突き上げて、トシロウと一緒に歌ってたりするのである。実にピースフルなのである。

一見すると、まったく逆のことをしているように見えるんだけど、そこにはちゃんと一貫とした何かがあって、簡単にいえば、演者が魅せるライブというものに対する「応答」として、時にモッシュがあり、時にダイブがあり、時に肘鉄があり、時に拳を突き上げる動きがあり、時にシンガロングがあるのである。

ライブって、アーティストだけが作るんじゃなくて客と一緒になって作るものなんだよって話がよくあるけれど、そういう「一緒に作るあり方」みたいなものが、ここ数年のフェスシーンで変わったんじゃないかなーって思うわけだ。

昔は暴れたいから暴れるみたいな、本当に単純な動機でのモッシュなりサークルなりがそこにあったんだけど、最近はライブにおける「応答」(人によってはそれを音楽における衝動なんて言い方をするのかもしれないけれど)としてのモッシュなりサークルなりがそこにあるんじゃないかなーなんてことを感じたりして。

ライブは観るものんだからあれするなこれするな、アーティストが煽ったときだけ反応すればいいんだ。それ以外は行儀よくみろ、○○で手拍子はあり得ない、○○でサークルはあり得ない。

そんな言葉が死ぬほど語り尽くされたりもしたけれど、アーティストがライブを通じて放った音楽に対しての応答であれば「モッシュ」も「ダイブ」も「踊る」も「ツーステ」も「シンガロング」もアリになるし、ライブに対する「応対」が全力であればあるほど、途方もなく気持ちいいものになるんだなーっていう事実だけがそこにあるんだなーなんて感じたわけだ。

何が正しいとかは置いといて、本気で「応答」したら気持ちよいということ。

それをこの夏フェスで感じたのである(サマソニおけるチャンスのライブもそういう話になるんだけど、それについてはあえてこの記事では割愛する)

ラシュボでもうひとつ印象的だったのが、Dragon AshにおけるKjの言葉で。

この日のKjは、なんと曲中に出来上がるサークルをめっちゃ褒めていたのだ。

「ナイスサークル」とか「でっかいサークルのお前等、ステージからも見えてる。かっこいいぞ」って嬉しそうに言っていたのである。

それは、皮肉ではなかったし、煽りでもなかったように思う。

Kjは純粋にそのサークルを褒めていたのだ。

●●という盛り上がり方が良いとか●●は盛り上がり方はダメとかそんなつまんない話はその空間にはなかったように僕は感じた。

演者が魅せた音楽に対して、なにかしらの形で「応答」してみせる。

それがどういう形のものであれ、全てを包み込んでしまうその日のKjのパフォーマンスはただただ感動的なものだったのだ。

そういや、わりと一昔前はファンのノリで一悶着起きていたバンドほど、ホールなどの大きな会場でパフォーマンスをすることが増えてきており、ライブの魅せ方や披露する曲が変わってきたことも、そういう空気の変化と関係しているのかなーなんて、オーラルのライブを観ながら思ったりもしたのだった。

話は少し変わるが、日本の音楽はガラパゴス化しているなんて言われている。

確かに世界ではそんなに流行っていないバンド音楽が日本ではこんなにも流行っているし、メロディー進行もビート感も日本の音楽は独特なものが多い。

けれど、根っこの部分は日本も世界も関係ないって思った。

サマソニでは色々と盛り上がりに関して揶揄される事態があったけれど、両方参加して感じたのは、洋楽であれ、邦楽であれ、ライブに<参加>するということがとにかくすごく重要で、そこにジャンルも国も違いはないんだなーということ。

ジャンルによって、演者が鳴らす音楽によって、「応答」の種類は変わるんだろうけれど、それがシンガロングであれ、サークルであれ、ダイブであれ、何であれ、それがライブを参加するうえで発生するものであれば、やってみても観ていても気持ちいいものになるし、演者側もより気持ちの良いものになるんだなーって、そんなことを感じたわけだ。

アーティストと観客の心が通じ合うと途方もなくライブは気持ちの良いものになる、そんな当たり前のことを改めて痛感したのが、2018年の夏フェスの感想だったのである。

まとめ

今、フェスで人気になっているバンドって、ライブを通じて客とコミュニケーションを積極的にとる(その形は様々だが)そんなバンドばかりなのかもしれないなーなんて思った。

逆に、そこが抜けているバンドは、どうにも客が付きづらいという事態が出来ているのかなーなんてことも勝手に思ったりした。

昔はブス面のバンドでもたくさんの客を集めていたことがあったけれど、今、勢いがあるバンドの多くはビジュアルの偏差値(単にイケメンなのか筋肉的な意味で言っているのかはバンドによるが)の高いバンドが多いので、そういう流れとも関係しているのかもしれない。

そんなことを感じた、そんな今年の夏フェスなのでした。

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