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フェスに行けば必ず発生する問題。

それは、観たいバンドの時間が被ってしまう問題である。

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昔はツーステージ制を採用していて、観ようと思えば全てのバンドを観ることができるようなタイムテーブルの作り方をしているフェスが多かったが、近年は集客数優先主義のため、ひとつのフェスにたくさんのステージを作り、より多くのお客さんを集客できるようにしている。

一つのフェスが抱え込むお客さんは増えたわけだ。

だからといって、抜本的な土地改革を行い、メインステージの集客数自体を増やしたわけではない。

万が一、参加者の大半が同じステージに来てしまうようなことになれば、やむなく「ステージ規制」をせざるを得ないわけだ。

よく若手バンドを紹介するときに「夏フェスではステージ規制をさせました!!」みたいなことを宣伝のフレーズにして、そのバンドの人気を示すパラメーターにしがちであるが、これはフェスの運営がお客さんの数とキャパを見誤っただけであり、要は運営が無能だっただけの可能性も否めないわけだ。

ロッキンなんて集客とステージのキャパが見合っていないバンドが多すぎるし、そのせいで人気若手バンドは概ね規制を許すという事態を引き起こしている。

「ステージ規制」はバンドのパラメーターになるが、フェスにとっては本来は不名誉な勲章となるわけだ。

で、「ステージ規制」を少しでも減らすべくして考える基本的な策略が、バンドの人気に即したステージ割りを行うとともに、人気バンドの「ウラ」に持ってくるバンドも「規制」が予想されそうな「人気バンド」を当てるというものである。

こういった事情もあり、往々にして観たいバンドほどタイムテーブルの時間が被るという事例が起こるわけだ。

お客さん側からしたら「なんでこんなタイムテーブルにするねん!アホちゃうか!」と思いたくもなるが、そうでもしないと規制だらけのクソフェスに成り下がるわけで、仕方ないと言えば仕方ない話なのである。

現実は理解した。

でも、観たいものは観たい。

そんなとき「せめて自分が分裂できればいいのに」と思う人もたくさんいることだと思う。

そこで、当記事ではどうすれば「分裂」することができるのかを考えてみた。

物理的分裂

ドラクエに出てくるスライムみたいに、身体が真っ二つに分ける、という考えである。

これができれば最強である。

その一方で「それができれば苦労しない」という現実主義者の声も聞こえてくるわけだが、諦めたらそこで終わりである。

できないのであれば、じゃあなんでそれができないのかを考えてみよう。

Q.肉体が分裂したらどうなる?

A.おそらく大量の血が出るだろう。

Q.大量の血が出たらどうなる?

Aおそらく出血多量で死ぬだろう。

死んでしまっては元も子もない。

好きなバンドのライブで死ぬなんて本望だという人もいるが、観たいバンドのタイムテーブルが被っていたから「分裂」しようと試みて死んでしまったとあっては、流石にその魂も成仏できないのではないかと思う。

僕らが「ゾンビ」みたいに不死身の肉体を宿せばそういうことだってできるけれど、僕らは残念ながらゾンビではないわけだ。

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幽体離脱

肉体はそのままの状態で、魂だけを外に飛ばしてしまうという考えである。

俯瞰した視点からライブを眺められるから観たいバンドのライブは全て堪能できるし、肉体は傷つけていないから死ぬこともない。

この案は最強なのではないか。

と思うのだが、現実主義者は「それができないならば苦労しない」というツッコミを入れるのではないかと思う。

確かに、どうすれば幽体離脱ができるのか、科学的な説明をした人は見たことがない。

怪しい霊能力者やオカルトまがいの超常現象マニアくらいしか、「できる」と言い張った人間はいない気がする。

試しに最寄りの大型書店で「幽体離脱のやり方」が書いてある本を探してみたが、有用性が高く、再現性にも優れてる本は探し出すことはできなかった。

これなら21世紀になるのを待って、ドラえもんの秘密道具としても名高いタケコプターの登場を待っている方が、よっぽどか現実的であるように思えてしまう。

幽体離脱もやはり夢のまた夢の話なのかしれない。

僕らが「ゾンビ」みたいなオカルトな存在ならばそういうことだってできるけれど、僕らは残念ながらゾンビではないわけだ。

ところで、この「ゾンビ」というキーワードは、現代のライブマナーを考えるうえで、重要なキーワードとなっている。

そのことについては別の記事に書いたので、ぜひ目を通してほしい。

閑話休題。

最近「並行世界」に思いを馳せる歌・作品が多いように感じる。

ベボベが最近リリースした「光源」もそんな作品である。

マンガやゲームだったら全ての「並行世界」を旅して、もっとも最適な解を選ぶことができるけれど、当然ながら現実の我々はそれを行うことができない。

だから「並行世界」の旅は魅力的に見えるわけだが、誰しも未来はひとつしか選べないわけだ。

我々ができるのは、選んだ選択に対して後悔しないよう、今という時間を全力で生きるだけなのだ。

一緒にいる人には愛と優しさを注ぎ、勉強するならば気合いをいれてそれに集中し、仕事であれば目の前のことにマジメに取り組むみたいな。

ライブだって同じことなわけだ。

行きたいライブが二つあるがタイムテーブルが被って困るというときこそ、チャンスなわけだ。

選ばなかったライブに対して「ざまあみろ」が言えちゃうくらい、選んだ方のライブを全力で楽しむようにするべきなのだ。

そうすれば、後悔なんて微塵もなくなる。

また、ライブを観にいく選択をしなかったバンドに対してだって、次のときこそ観たい欲が溜まるだろうし、その間にそのバンドは演奏力にもトーク力にも磨きをかけるわけで、自分が最初に観たいと思ったときもよりも、めちゃくちゃ良い状態で、そのバンドを観ることができる可能性だって出てくるわけだ。

選ばなかった未来ほど、意外と次の自分の未来に大きく影響するものなのである。

だから「ゾンビ」にならず「今を全力で生きる」を徹底して、タイムテーブルという名の「時間」に踊らされる人間にならないようにするれば、自ずと道は切り開かれるのだ、たぶん。

幸運を祈る。

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