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春フェスシーズンであり、世には数多の春フェスがある。

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いわゆるメガフェスに絞ってみても「ビバラロック」「JAPAN JAM」「メトロック」なんかがあるわけで。

僕のフォロワーは今年の春フェス、どこに行くんだろう?

ふと気になったのでアンケートをとってみた。

ビバラが若干優勢。

(もちろん、フォロワーは全国各地に散らばっているので、単純に行きたくてもいけない人も多いとは思うけどね)

で、上記にあるように追加で、そのフェス(あるいは他のフェスでもいいんだけど)に行く決めてになった理由も訊ねてみた。

システム上、複数投票はできないし、あくまでも自分のフォロワーの一部とその周辺しか投票はできないけども、それでも答えとして如実に出てきたもの。

多くの人がそのフェスに行くかどうかを決める理由は、メンツ。

や、当たり前といえば当たり前の話なんだんけど、やっぱりそうなんだよなーという話で。

「フェスの参加者について」

話は変わるけれど、フェスって、どこまでの参加者を意識するかでその様相が大きく変わってくる。

どういうことか?

「フェスに参戦する人」って一口に言っても色んなタイプがいて「コアなフェス好き」「ライトなフェス好き」「別に音楽もフェスもそんなには興味がない人」「完全なる初見」などに分けることができるわけだ。

そして、フェス側はどこまでの層にリーチするかで事情が変わってくる。

話を戻すが、どれだけ毎週の如くフェスに行ってる人でも「単にフェスだから行く」というような意思決定をしてる人はほとんどいないと思う。

好きなバンドが出るからとか、好きなバンドの主催フェスだからとか、そういう「メンツありき」で、そのフェスに行くかどうか意思決定することが多いと思うのだ。

仮に、快適さは保証できないけれどメンツは良いというフェスと、メンツはあまり好みじゃないけれど環境の良さだけは確実に保証できる、となった場合、ほとんどの人が前者を選ぶことだろう。

カレー味のウンコとウンコ味のカレーならどっちを食べる?みたいな話だが、フェスに関しては「メンツ」という要素が絶大なる効力を発揮するわけだ。

つまり、どういった層にリーチするのか、ということを考えることは、どういうメンツを呼んでくるのかとほぼ同義になるわけだ。

だって、フェスに参加する人の多くは「メンツ」をもっとも重視しているから。

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「フェス参戦者を細かくみる」

ところで、フェスに参加するお客さんって下記のようなタイプに分類ができるのではないかと思う。

①沼ってる人
②沼りかけの人
③沼る恐れのある人
④別に沼ってない人

ひとつひとつ細かくみていこう。

①沼ってる人

毎週のようにフェスなりライブに行ってる、いわゆる邦ロックの沼に浸かっている勢。このタイプの人は「観たいと思うバンド」がアナウンスされると、電卓を叩くこともスケジュール帳と相談することもなく、気がついたらチケットを申込み、気がついたら公共の交通機関のチケットを確保しており、気がついたら遠征用の宿を確保している。どんなバンドのファンでも1割くらいはこういう人がいて、こういう人のおかげでロックシーンは支えられている。

②沼りかけの人

たまーにフェスなりライブに行ってる層。好きなバンドが出ると触手が動くが、財布や自分のスケジュールと冷静に相談しながら、今シーズンのフェスはひとつかふたつの参加を検討するタイプ。多くのフェスは、ここの層をどうように取り込むのかに腐心しているフシがある。

③沼る恐れのある人

有名なバンドの名前くらいなら知ってるタイプ。

音楽が好きか?と聞かれたら「好き」と答えるけれど、かといって能動的に音楽にお金を落とすこともなければ、ライブに積極的に行くわけでもない。

こういう層にもアプローチしたいと考えるのが、メガフェスであり、ロッキンなんかはこの層のアプローチをすごく意識してルール整備・環境改善・フッキングを行っている印象。

④別に沼ってない人

音楽にそもそも興味ないという層。

こういう層を取り込みためにフェスのレジャー化が行われているフシがあるし、季節の風物詩感を持たせる感がある。実際、デートスポットとしてのフェス需要が出てきたのは、こういう層も一定数フェスに来たからと言えるだろう。

ただ、こういう層を無視しては行けない。

こういうタイプの人がうっかり沼に浸かることこそが、音楽の繁栄そのものに繋がるわけだ。

⑤沼というかただのガチ勢

ワンオクが出たらそこだけに命をかけてそのフェスに行く!!!!!みたいな過激派。過剰なる愛ゆえにマナー違反の場所取りもお手の物。そのフェスの空気にそぐわないマナーをおかしてしまいがちで、SNSで叩かれがち。フェスにあまり出ないタイプのバンドで、過激なファンを囲いこんでしまってるバンドはこういうことになりがち。

「結局大事なのはメンツ」

結論として、フェスにおいて、メンツは大事なんだという話。

ビバラはソールドして、JAMはソールドしなかったことがそれを物語っている。

ぴあフェスもようやくそのことを理解したのか、今年は「フェスっぽいメンツ」をちゃんと呼んでいる。

昨年は個性派を気取るメンツだった故、チケットが余ってしまう事態になっていた。

反省を活かしたのだろう。

こんなことを言うと、「いや、ちょっと待ってほしい」と言う人も出てくる。

僕はプロモーター主催のフェスは嫌いで、アーティスト主催のフェスが好きなんだ。なぜなら、アーティスト主催フェスの方がフェスの物語性が見えてくるからだ!なんて人もいる。

が、結局のところ、それも自分が好きなバントと、その好きなバンドの仲が良いバンドが出るから好きになるだけで、本質は「メンツ」の話に収斂させることができる。

エアジャム懐古厨だって、そういう話なわけで。

そう、フェスはメンツなんだ、なんだかんだで。

よくフェスにおけるある文句のひとつとして「どのフェスも似たり寄ったり」というものがある。

なぜ同じメンツになるとか言えば、多くのお客さんが「メンツをみてそのフェスに行くかどうか」を決めているからであり、取り込みたいパイはどのフェスもほとんど同じだから、どのフェスも似たようなメンツになってしまう、という話に行き着く。

すごい悪い言い方をすれば、「コスパの良い集客力のあるバンド」なんて限られているという話。

よっぽど、リスナーの好みが多様化しない限りは、どのフェスだって「同じメンツになる」という呪縛から逃れられないし、どのフェスも同じメンツになりがちになってしまうという現実。

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