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WANIMAが紅白に出る。

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すごい。マジで尊敬している。けれど、WANIMAって変わったタイプのバンドだよなーって思うのだ。

というのも、別記事で、音楽と孤独には密接な関係があって、孤独を埋めるようにして音楽を聴く人は多く、故に、孤独にそっと寄り添ってくれる歌詞はリスナーの心に響きやすい、みたいなことを書いてみた。(ここからその記事に飛べる)

一方で、孤独の人の横っ面をぶっ叩くような、孤独の人を殺してしまうような、底抜けポジティブに前向きな歌を歌うバンドもいる。

例えば、WANIMA。

もう言うまでもないことだけど、WANIMAの話を聞けば、「奴らは本当に良い奴だ」って話ばっかりが溢れているし、書いてくる歌も起承転結はあるものの、基本的にはポジティブという言葉に還元される類のものがほとんど。

もちろん、WANIMAは下ネタを言ったり歌ったりするし、ライブを見ればただのポジティブバンドではないこともわかるし、そもそも人柄がどうのこうの言う前に、単純にメロディーが好きなんだよ、って人も多いわけだけど、ひとつ言えるのは、孤独を感じてるようなタイプの人はあまりWANIMAに耽溺することはないということ、そしてそういうタイプの人は違う音楽に耳を澄ませることが多いということ。

思えば、CINRAの記事でも書いてあったことだけど、過去紅白に出たロックバンドって、サカナクションであれセカオワであれ、RADWIMPSであれ、BUMP OF CHICKENであれ、まさしく孤独と対峙してるバンドだらけだった。

歌詞は内向的で、だからこそ内向的な人の心にぐさりと刺さり、大きな支持を集める、そんなバンドが「大物」になることがほとんどだった。

つまり、邦ロックって、どこかしら孤独と対峙するバンドの方が人気になりやすかったわけで、邦ロック好きは、心の奥底で孤独を抱え込む人が少なくなかったことを示す。

そんな中でのWANIMAの紅白。

彼らが披露する曲は「ともに」なわけで、ま〜たポジティブソングかよ、ただの大衆バンドかよ!つまんね〜とお怒りになる、ひねくれたロックファンの方もいることと思う。

とはいえ、彼はピザオブデスのメンタルを受け継いでいるバンドなんだから、紅白に何かしら爪痕を残してくれるに違いない!と感じてる人もいるかもしれない。

まあ、その答えは、放送を見るしかない。

ちなみにWANIMAがブレイクした理由を考察している記事はこちらです

ただ、この記事で言いたいのは、WANIMAって、仮にただのポジティブバンドだとして、孤独を一切見せず、底抜けの明るさでライブを披露し続けるなんてやっぱり凄いよな、という話である。

確かにWANIMAの出世は早かったし、どんどんタイアップをとっていくし、傍目から見たら比較的苦労知らずのまま、順風満帆にてっぺん目指して邁進しているイメージを持つ人もいるかもしれない。

けれど、彼らはどのバンドよりも精力的にライブをやってきたし、対バンにもたくさん顔を出してきたし、関わってきた人全てと誠実に向き合ってきたからこそ、そこでしっかりコネクションを築いてきた。

要はここまですごく頑張ってきたわけだ。

その頑張りっていうのは、その辺の人じゃ想像できないようなレベルの頑張りだったと思う。

となれば、きっとしんどいこと、辛いこと、僕なんかじゃ想像できないような、たくさんの苦労を経験してきたはずなのだ。

けれど、彼らは笑顔を絶やさず、ポジティブであることを貫いてきた。

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それって、すごく精神力が強くないとできないことだと思う。

例えば、Twitterをしてる同年代のバンドマンである、フォーリミのGEN君であれ、オーラルのやまたくであれ、マイヘアの椎木くんであれ、うっかりネガティヴなツイートをしてしまっているのをみてしまうし、どのバンドもどこかの部分でネガティヴな陰りを見せてしまうことが多い。

僕も彼らと同世代だからわかるけれど、やっぱり年を重ねても心にはいつもネガティヴな感情が渦巻いているし、どこかのタイミングでそういう不安とか孤独とか将来のこととか昔の過ちとか人間関係とか、色んなことを考えて病んでしまい、それをどこかのタイミングで発露させてしまうことがある。

どんな人にも裏と表があるはずで、そんな裏側の醜い顔をのぞかせてしまう瞬間は、やっぱりどこかで生まれてしまう。

何より、孤独と向き合い、ネガティヴでいることを見せる方がウケの良い邦ロックシーンにおいて、音楽にもそういう「闇」を落とし込んでしまうことの方が普通なわけだ。

けれど、WANIMAはそれをしない。

自分たちは「これが正しいこと」だと心の底から信じ、ネガティヴはなるべく排して、「どこまでもポジティブでいること」を選んだ。

そんな彼らの強さ、逞しさは、はっきり言ってカッコいい。

ロックって、カウンターカルチャーだって思われていた時代があった。

その時の大衆音楽や大人や学校や社会、あるいは政治家なんかに対して、中指を突きつけることがロックであり、カッコいいなんて思われていたことがあった。

もちろん、それもロックのひとつの形だし、はみ出せばすぐに釘がうたれるこの社会において、中指を突きつけるその精神はカッコいいことだと思う。

けれど、WANIMAを見ていると、ロックバンドがロックバンドとしてカッコいいのは、自分の信念を捻じ曲げず、それに誇りをもって、音楽という形で表現することなんだなーって思うわけだ。

本音を言えば、ちょっと前までは、ただただ清くなっていくWANIMAのことが嫌いだった。

なんでそんな屈託なく笑ってるんだよ!とか、売れたから媚びてるのかよ!このヤローなんてことを思ったりもした。

けれど、ある日、勝手に一人で病んでる時にふとWANIMAをみた時、ポジティブの道を、大衆の道を迷いなく進み続けるWANIMAを見て、単純にすごく強いよなーと思ったのだ。

内向的な音楽を聴いて傷を舐めるようにして生きていた時、同い年のWANIMAだけは一切翳らない姿をみて、こいつらって本気でかっこいいなーって思ったのだ。

ずっとポジティブでいること、全方位にそう見せるようにして生きていくことほど、しんどいことってないはずだ。

他のバンドなら絶対どこかのタイミングでネガティヴの海に落ちて、自分を見失い、狂ってしまうはずだ。

一時期であるにせよ。

けれど、WANIMAは本音の部分ではそういう気持ちがあったとしても、それを一切リスナーに見せず、笑顔を忘れないで音を鳴らし続ける。

ただのポジティブバンドになってしまったなんて言われるけれど、そもそもリスナーにそんなふうに見られてしまうことこそがWANIMAの強さだと思うし、そんなWANIMAの強さこそがカッコいいと思う。

当たり前だけど、明るさの裏には影が絶対あるはずなのに、その影を見せないのがWANIMAの強さ。

それは、彼らがそういう人間性なんだよなんて言う人もいるかもしれないけれど、ヤンキーだろうがメンヘラだろうが、みんな大なり小なり日々に悩みを抱えて生きてる。少なくとも僕の周りの人たちはみんなそうだった。

WANIMAはヤンキー系だから明るいんじゃない。強いから明るくみせているだけでし、本当は人間臭い部分がたくさんあるけれど、それを乗り越えたうえで明るさを忘れないから、清いし強いしカッコいいのだ。

そんなWANIMAが紅白という舞台でたくさんの人に向けて音楽を鳴らすことは想像以上に意義深いことだと僕は思うし、そんな彼らを応援したいなって強く思う。

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