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SNSのコメントに過剰反応して、バンドマンが荒れること、たまにあるじゃないですか?

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こういうことが起こると、人の数だけ色んな意見が出てくると思う。

そういうのもアリなんじゃないかと思う人もいれば、バンドマンは「大人」なんだから、一般ユーザーの意見に過剰な反応をするべきではない、という意見もあるかと思うのだ。

まあ、力の強い側はある程度発信力をコントロールするべき、というのは正しい意見のように感じる。

とはいえ、バンドマン側だって、心を持つ人もなわけで、ある程度は意見を表明したっていいと思うのだ。

たくさんの人を相手にすれば「人の目」も気にしないといけなくなり、なかなか言いたいことが言えない世界になってしまいがちである。

けれど、別にここは言論統制の敷かれた世界ではないのだ。

であれば、明確に誰かが「泣いてしまう」言葉を発しない限りは、ある程度は自由に言論を押収してもいいのではないか?

そんなことを思ったりするのだ。

何が言いたいかっていうと、良い言葉であれ悪い言葉であれ、本質的にSNSで書いている言葉っていうのは「本人に届いている」と思って間違いないよなーということ。

有名な人は別の世界に生きていて、自分の言葉なんて読んでいないだろうし、見向きもしていないだろうと思っている人もいるのかもしれないが、どんなにアイコン化された有名人だって血の通う人なわけだ。

みんな、それなりに人の評価を気にしているし、SNSに溢れる自分の言葉を探して読んじゃうものなのである。

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つまり、何気ないあなたの言葉だって、わりと届いているという話。

もちろん「誰が」言ったかまでは特定しないだろうが、「内容」はわりとチェックしていることが多い。

だから、澄ました顔してこの前のブログはけっこうな反応があったみたいだけど〜みたいな書き出しをして、釈明の記事を新たに書く人たちだって、けっこういるわけだ。

どれだけ有名なバンドだって、わりとエゴサしているのだ。

だってさ、ふつうに考えて、時間もお金もかけて制作した自分の制作物の反応が気にならないわけないと思うのだ。

どんなに澄ました人だって、絶対に反応は気にしていると思うのだ。

リリースした作品がどんな反響なのか、ここは絶対にチェックしていると思うのだ。

もちろん、どれくらいの頻度でエゴサするとか、どこまでのワードをエゴサしているのかは人によると思うが、表現者は往々にして反応を気にしちゃう生き物なのである。

そうなると、好意的な意見が耳に入ることもあれば、否定的な意見・ネガティブな意見が耳に入ることだってありうるわけだ。

便所の落書きならば、その便所に足を運ばないと見られることはないけれど、SNSは誰もが足を踏み込むことができる共有のスペースだ。

だから、時としてイラッとする言葉を見つけてしまう。そして、そのイラッとに対して過剰な反応しちゃうことがあるわけだ。

どんな内容の、どんな種類の、どんな言葉だって、当事者に届いてしまうのだ。

そういう世の中なのだ。

だからこそ思うのだ。

どうせなら良い言葉を溢れさせたいよなーって。

だってさ、喜びとかポジティブとか正のエネルギーに繋がりそうな言葉であれば、それはきっと良いエネルギーに繋がると思うし、ネガティブな言葉やそのアーティストが言われたくない言葉ばかりが踊っていたら、やはりショックを受けるし、悲しい気持ちになるし、傷つくこともあるだろうし、その後の仕事に影響が出ることもあると思うのだ。

別にどっかの中国のように言論を統制してNGワードだらけにする世界が良いとは思わないし、批評に満ちた言説が溢れること自体は、個人的には良いことだと思っている。

ただ、言葉は巡り巡って色んな影響を与えるし、ちょっとした言葉がナイフになって誰かの胸を抉ることがある、という想像力は常に持っておくべきだよなーと思うのだ。

この想像力だけは、欠除させないで、SNSの海を漂っていきたいなーなんて、そんなことを思うわけだ。

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