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例えば、この前、クリープハイプと銀杏BOYZが対バンをした。

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クリープハイプ(というか尾崎世界観)の音楽のルーツを追っていくと、銀杏BOYZはかなり重要なバンドであり、影響を受けた部分がかなり大きいように見られる。

尾崎に言わせたらちょっと違う言い方になるのかもしれないが、銀杏BOYZが「憧れのバンド」であったことには間違いない。

そんな憧れのバンドと対バンをしたわけだ。

呼んでもらったのではなく、呼ぶ側だったということも、わりと意義深いと思う。

これって、憧れのバンドと「戦う」ことを意味するわけだし。

そりゃあ気合いの入り方も全然違うわけで、実際、メンバーは「今日は勝ちにきました」と宣言してライブに行っていた。

まあそのライブに行ったわけではないので、オーディエンスの熱量が具体的にどんなものだったのかは想像するしかないが、クリープハイプは「援助交際」のカバーをやり、ステージ裏から銀杏のフロントマンである峯田が出てきたときの盛り上がりが凄かった、という話は耳にした。

これが意味するのは何なのだろうか。

クリープハイプは銀杏を超えることができたのだろうか?

それとも、クリープハイプは銀杏をまだ超えることはできなかったのだろうか?

その答えは、その場にいた人間だけが述べられるのだと思う。

いずれにせよ、クリープが憧れのバンドと肩を並べられるくらい大きくなったことには間違いないわけだ。

こういう、憧れに対する若手バンドの挑戦の舞台、という話は、他のイベントでも散見される。

例えば、6月17日、サタニックの1日目の大トリを務めたのは、10-FEETでもホルモンでもなく、SiMであった。

SiMのフロントマンであるMAHは「先輩方、後輩たちを差し置いて、しわ寄せで SiM が大トリになったなんて思ってません。ひとつひとつ積み重ねてきた結果だと思ってます」とMCで喋ったとのこと。

また、そのときのMCで、SiM(というかMAHが)バンド始めたのはハイスタがいたからであり、そんなハイスタがいたから生まれたPIZZA OF DEATHから大トリやってくれって頭下げてもらって、ここに立っている」と力強く述べていた。

要は、これはSiMにとってただの大トリじゃないわけで、気合いの入り方は尋常じゃなかったというわけだ。

思えば、同世代であるヘイスミやWANIMAやCrossfaithやワンオクは、エアジャムというステージに立ったにも関わらず、なぜかSiMは呼ばれていない。

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フォーリミもエアジャムには立っていないが、ハイスタとの対バンは実現した。

なぜSiMはエアジャムに呼ばれなかったのかについての理由は定かではないが、正直かなり悔しかったのではないかと思う。

昔のエアジャムなら「世代が違うから」という言葉で済ませられたが、2016年のエアジャムは同世代ものバンドたくさん出ていたし、健さんは「今考えられる最高のメンツを揃えた」と言っていたわけで。

そこにSiMが加えられなかった悔しさは筆舌に尽くしがたいのではないかと思うのだ。

確かにMAHはハイスタメンバーよりもBRAHMANのトシロウの方が仲が良かったし、あんまりハイスタメンバーとSiMで何かをする、というイメージはなかった。

けれど、MAHは2011年にエアジャムに客として行っていて、そこで果てしないパンチを食らったことや、ハイスタがいたから自分はバンドを始めたことなどをブログに書いていた。

エアジャムに対する憧れがないわけなんてないのだ。

2016年のエアジャムについて、MAHから特に言葉されることはなかったが、きっと同世代のバンドが選ばれたのに自分たちは選ばれなかったことに対する劣等感は少なからずあったと思うのだ。

だからこそ、ハイスタがいたピザからサタニックの大トリをSiMに頼んだことの意味はすごく大きかったと思うのだ。

しかもタイムテーブルで言えば、ken yokoyama、10-FEET、ホルモン、という「圧倒的先輩」を置いたあとでの大トリ。

絶対に「勝つ」という闘志をもってステージに挑んだと思うのだ。

そりゃあ、あんなセトリになっちゃうわけだよ(セトリに関してはググってくださいな)

何が言いたいのかというと、30歳前後のバンドが憧れのバンドと肩を並べ、そしてついに追い抜かすというところまできた、ということだ。

おそらくもう少ししたら、SHISHAMOとかオーラルみたいなバンドがトリを任せられるフェスも増えてくると思う。

ほんの数年前なら、お前たちがメインステージに出るなんて夢の話だよ、とバカにされ笑われていたようなバンドたちが、大型フェスの大トリを務める日が、近い将来やってくるわけだ。

流れゆく音楽という名のバトンは、受け継がれているという証左。

思えば、マンウィズが2017年のエアジャムに出て「1997」を歌ったけれど、あの時のエアジャムには、歌詞に出てくるハスキンもSSもいなかった。

けれど、ハスキンやSSのいたエアジャムがあったからこそ、マンウィズが2017年のエアジャムに立ったわけであり、見えないところでバトンって繋がれるものなんだなーと思ったりしたわけで。

自分と同世代のバンドばかりがフェスのメインアクトになり、先輩バンドがいなくなるのはほんの少し寂しいけれど、でも自分と同世代のバンドが夢を叶えていく姿ってそれ以上になんだか誇らしくて嬉しく思うわけだ。

思えば、サタニック二日目の大トリも、WANIMAという同世代バンドだったし。

邦ロックは、ここからもっと面白くなる気がする。

サタニックの参加者のレポートみてると、なんだかそんな希望に満ちてくるという、そんな話。

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