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SHISHAMOが新曲「夏の恋人」をリリースした。

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この歌は雰囲気良さげなバラードであり、ストリングスなんかも入ったりしてる。

わりとゴリゴリなギターロックなSHISHAMO好きの人にとっては、「このままではレミオロメン化するのでは」と危惧している節もあるとかないとかだけど、なぜSHISHAMOは今作にストリングスを取り入れたのだろうか。

歌詞を紐解きながら、今作の「狙い」について考えてみたい。

作詞:宮崎朝子
作曲:宮崎朝子

今日も目が覚めて聞こえるのは
蝉の声とあなたの寝息
こんな関係いつまでも 
きっとしょうもないよね
だけど夏が終わるまで
きっとあなたもそう思ってるんでしょう?
じめじめする部屋の中

いつまでもここにいたいけど
ねえ、だめなんでしょう?
だから今

夏の恋人に手を振って
私からさよならするよ
季節が巡って また夏が来たとしても
そこに二人はいないでしょう
きっと泣くのは私の方だけど
私からさよならするよ
だめね、私

潰れかけたコンビニで
小銭だけを持ち寄ってアイスを買う
あなたはいっつも一番安いシャーベット
公園では夏休みの子供達 それを眺めながら
またあのじめじめした部屋に帰る
大人になんてなりたくないなぁ

いつまでも子供でいたいけど
ねえ、だめなんでしょう?
だから今

もう一人の私が私を引き止める声がする
「このままでもいいじゃない
この夏に閉じ込められて
一生大人になれなくても」

夏の恋人に手を振って
私からさよならするよ
幸せな二人だけどあなたも私もきっと
このままじゃどこにもいけないから
きっと泣くのは私の方だけど
さよならするよ
だめね、私

以上である。

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この歌詞は松任谷由実の系譜から受け継がれる、想定される聴き手と同世代と思われる主人公をつくり(この歌の主人公は女性で、おそらくは10代後半から20代前半と思われる)、その主人公に感情移入をさせるようなフレーズを構成しているタイプの歌詞ということになる。

で、この主人公には彼氏がいて、その二人はそれなりにゆるい幸せを続けているんだけど、私はこの夏でそんな彼との別れを決心するという切ない系ラブソングな歌、ということになる。端的に言ってしまえば。

一人称は「私」を使い、語尾に「~ね」とか「~よね」とか、普段の会話では使わないような小説的な分かりやすい女言葉を用いることで、この主人公は女性であることを強調させるとともに、「大人になりたくない」と嘯くことで、逆にもうすぐしたら大人にならなくてはいけない女性のイメージを強固のものにするわけである。

さて、この歌では恋人と別れることを決心する女性の心理が機敏に描かれているわけだが、彼と別れる理由は「大人になるためには必要なこと」と歌詞に書かれている。

自分が子供のままでいることを選択すれば、彼とは別れなくてもいい、とも書かれており、それをこの夏に閉じ込められる、という言い方をしてたりもする。

しかし、納得できそうで納得できない。

涙を流してまで彼と別れてしまうという選択肢をなぜ選ぶ必要があるのか。

大人になりなきゃいけないこともわかるし、同じようにじめじめの部屋にいてはいけないことだってわかるけれども、それが直結して彼と別れるという選択肢に行き着かなきゃいけない決定的な理由については、最後まで歌詞の中に書かれることはないわけだ。

まあ、なんとなくアジカンの「ソラニン」っぽい危うさがこの歌詞にも内包されているのは理解できるけれども。

そして、一人暮らしをしている年上の彼氏になんとなく「遊ばれている」ことを自覚しつつある女性の切なさが見え隠れしていなくもないけれども。

けれど、そもそも「大人になる」って何を指しているというのか。

色んな考え方があるとは思うが、この記事では、この歌詞に出てくる私と君の物語をもっと大きな視野でとらえてみたい。

SHISHAMOは夏に毎年シングルを出している。

2年前は「君と夏フェス」、昨年は「熱帯夜」である。

この2曲の歌詞を読んでみると、「君と夏フェス」はまだ出会って日の浅い二人の初々しいデート模様を歌詞にしてある。

「熱帯夜」は二人の恋がどんどん大きくなって(特に私の)想いが強くなって、もっと一緒にいたい、今すぐ君に会いたい、となっている、要は私が君にどんどんのめり込んでしまっている印象を与える歌詞になっている。

これを序破急(起承転結と同じ意味である)としてとらえ、「君と夏フェス」は序、「熱帯夜」は破、そして「夏の恋人」を急としてとらえて、ひとつの物語として考えてみたらどうだろうか。

つまり、この3曲に出てくる私と君は同一人物として捉えなおしてみるということである。

「君と夏フェス」は高校一年生の私と君のお話、「熱帯夜」は高校二年生の私と君のお話、「夏の恋人」は高校三年生の私と君のお話、という仮定でとらえてみれば、二人は次のステップへ向かわないといけない(それは進学か就職かはわからないけれど)わけで、だからこそ「大人」になるため、二人が別れる選択をしなければならないことがなんとなく見えてくるのではないか。

まあ、時間の捉え方はあくまでも例えばの話であるが。

この3曲間でそこまでの月日は経っておらず、3つの曲でひと夏の恋を歌っているのかもしれない。

いずいれにせよ、3曲を通じてひとつの恋の気持ちの変化と、やがて迎える大きな人生の進路と、そこで迫られる選択というものがなんとなく透けて見えてくるのではないか。

そして、そんな変化を歌詞に込めたからこそ、「音」にも具体的な変化が必要だったのだ。

歌詞に出てくる私の成長とともに、歌としての成長、SHISHAMOとしての成長を、分かりやすく音で表現する必要があったのだ。

その変化を音で表現する上でもっともぴったりときたのがストリングスの音だったのかもしれない。

だから、この歌では過剰なまでにストリングスを使い、劇的な印象を与える音使いが施されているわけである。

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