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この話をすると、基本アーティストに対する還元の観点で語られたり、アプリの違法性がウンタラカンタラという話になりがちだけど、せっかくなので、もう少し違う観点からこの話を考えてみたい。

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ぶっちゃけ、違法アプリが登場する前だって、多くの人は、極力お金を使わないようにしながら音楽を聴いていたと思うのだ。

少なくとも、中高生くらいでバンバンCD買う奴はマイノリティーだった。

じゃあどういうふうにして音楽を聴いていたのかというと、友達に借りたり、ラジオにリクエストしたり、そのラジオを録音したり、テレビで満足したり、有線に流れてきた音源を聴いたりと、まあ色々と「チャンネル」があったわけだ。

また、ネットが出始めた頃は、限りなくアウトに近いサイトから、mp3なんかでこっそりとダウンロードするということもよくあった。

mp3って聴くだけで違法のように感じていた時代だってあったわけで。

音源は違法にダウンロードしたことがない!という行儀の良い人間だって、アダルト関係のコンテンツに関してはほぼ間違いなく違法に手を伸ばしているわけで、畑は違えど、違法とまったく縁もゆかりもない人間は少数だと思うのだ。

それはさておき、誰だって、最初は無料音源を入り口にして音楽を好きになっていったんだろうし、無料音源のおかげで音楽の幅が広がっていった人は多いと思う。

一人のアーティストを追っかけるタイプの音楽好きならともかく、色んなアーティストを掘ることが好きなタイプの音楽好きは、安いお金で自分の聴きたい音楽に触れるにはどうしたらいいか、という試行錯誤はしてきたように思う。(ベタな方法としては、ブックオフの巡回とかになるんだろうけど)

ただ一点、昔と今で違うことがひとつある。

昔は「無料」で音楽を聴くために、ほとんどの人はそれなりに苦労していた、ということである。

2018年の今は、あまりにも簡単に、わりと高品質な音源を、無料で自分の好きなタイミングで聴けるようになってしまった。しかも自分の好きな音楽をピンポイントに。

そりゃあ、音楽も空気のようになってしまうというものである。

考えてみてほしい。

同じメシでも、満腹で食うメシと、空腹で食うメシなら、空腹で食うメシの方が美味しいはずだ。

音楽を聴くのだって、それなりに苦労して探り当てた方が良く聞こえるものである。

たとえ無料だとしても、(無料で聴くために)苦労をしたのであれば、その方が不思議とその音楽は良く聞こえるものだし、大切な思い出になりがちである。

けれど、楽してタダで手に入れた音源に愛着なんて宿るのか?といえば、ちょむと怪しいよなーって思う。

少なくとも、その人のなかでのその音源の価値って、苦労して聴いたときよりも、低めに設定されるんだろうなーって思うわけだ。

昔ならネットで違法に無料で音楽をダウンロードするのも自分は悪いことをしているという実感とドキドキがあったからその音楽が良く聞こえたのに、今は何の緊張感もなく違法アプリで自由自在に音楽を聴けるから、音楽に対するドキドキも減っちゃてるのかなーなんて思ったりもして。

何事も、手に入れるまでの過程が大事なのである、という話。

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閑話休題。

某違法アプリって使ったことがないからよくわかんないんだけど、要はボタン押せば勝手に曲が流れるし、歌詞も流れるし、なんならジャケットまで表示してくれるんでしょ?

そこに何の苦労も不要なわけだ。アプリをダウンロードさえすればいい。指一本でできてしまう。

それって、簡単だけど、少しつまらないと思う。

美味しいご馳走を用意された場合、腹を空かせて食った方がいいわけだけど、わざわざその前にお菓子をバリバリ食って、そこそこお腹いっぱいになってから、そのご馳走を食うようなものだ。(ちょっと違うか)

音楽を聴く、という体験を切り取って考える場合、違法アプリで音楽を聴くというのは、ずるいというより、むしろ勿体無いと僕なんかは思う。

だって、大好きなアーティストの音楽に触れ合う、一番ワクワクする瞬間を、そんな雑なプレイで済ましてるってことでしょ?

僕みたいな、もう鈍感になってしまった大人ではなく、多感で色々とビンビンしている10代の子たちが、それをしてると考えたら、勿体ないと言うほかない。

だから、思うのだ。

お説教のように、アーティストに対する還元が〜〜とかの話なんてどうでもよいし、音楽はCDで買った方がいいよだってクレジットが〜なんて話なんてもっとどうでもよくて、聴き手自身のメリットデメリットで語る方が、違法アプリで音楽を聴くことの勿体無さに気づくと思うのだ。

で、僕が思うメリットって、音源と自分が接触する過程は、色々とドラマチックにした方が、その音源はあなたとってより大切なものになるし、その体験は何事にも代え難いものになるよ、っていうこと。

だからこそ、好きなアーティストくらいは、新譜との出会いはもっと劇的にした方がいいよ、と思うわけだ。

過程って、やっぱり大事だから。

というわけで、しょーもないアプリを使ってただで音楽を聴いている皆様は、好きなアーティストくらいは騙されたと思って、めんどくさい手順を踏んで音源を聴いてみたらいい。

たぶん、いつもより、きっと多くの感動がそこに生まれると思うからさ。

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で、ここから追記

とはいえ、音楽が有料でしか接触できない、という制度設計をするとしたら、それもまた考えもので。

音楽という文化を末長く続けるのであれば、本来的には無料でもいいから、一人でも多く音楽に触れてもらい、好きになってもらう人を作ることが大事となる。

有料という形で敷居を高くすればするほど、接触する人間が減るし、結果的にそれは音楽という文化を停滞させてしまう。

おそらく、今の一般の人にとって「音楽を聴く」という行為は「体験」というより「ながらプレイ」に近いものがあって、それはテレビを観るときの感覚に似てると思うのだ。

テレビの感覚に近いからこそ、より無料という状態が肌に合うのかもしれない。

そうそう。

テレビは無料だからこそ、テレビに流すコンテンツって多くの人が見るし、もっとも「バズる」わけだ。

だって、冬季オリンピックをみんながあんなに話題にできているのは、無料でテレビで放送しているからに他ならないわけで。

そう考えると、一番大事なのは、制度設計だと思う。

無料であることにも割り切りつつ、どこからマネタイズするのか的な。

違法アプリがあるなら、どのように共闘して、ビジネス的にデザインし直すのか的な。

それこそ、オリンピックのテレビ放送の場合、テレビ放送は「無料」だけど、それ以外の使用は死ぬほどお金を取るし、ありとあらゆるところで「スポンサー料」や「使用料」をとるわけだ。

最近は、音楽も「広告」的な立ち位置に近づいてきているので、シングル曲はタイアップありきじゃないと作れない現状があったりするわけで「作るためのお金を稼ぐ」のあり方は、企業との結託という回答を示しつつある気もする。

まあ、制度設計に対して、明瞭なる答えが出せたら苦労はしないんだけど、もう少し色んな視座からこのことを考えても良いのかなーと個人的には思ったり思わなかったり。

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