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ミセス、フォーリミと続き、次にMステに出演するバンドがCHAIだとわかった瞬間、「えっ…」ってテンション下げた邦ロック()好きのの皆様、こんばんわ。どうも僕です。

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いや、わかるんですよ、その気持ち。

僕だって楽しみにしているフェスがあって、残り一枠は誰なんだろうとワクワクして発表をみてみたら、キッズには人気かもしれないけれどお前がメインのステージかよ、みたいな「今だけイケイケ若手バンド」が発表されたら、正直テンション下がることがある。

性欲だけは強そうな黒髪マッシュの細身のバンドマンとかいらないから、筋肉のサイボーグでできたおっさんバンドをもっと出せよ、とか思わなくもない。(もちろん、ケースによる)

けどね、今回のケースはちょっと待ってほしいと言いたい。

同じ双子バンドなら、CHAIよりもフレデリックをご希望されていた人たちに言いたいのだ。

CHAIはヤバイぞ、と。

今回のMステ必見だぞ、と。

とはいえ、単に「ヤバイ」ということを力説するだけでは伝わらない部分もあると思うので、この記事では、彼女たちの何がどうヤバイのかを僕なりに解説していきたい。

演奏がヤバイ

聴けばわかると思うけど、楽器隊、みんな演奏が上手すぎるんですよ。

楽曲隊がグルーヴを生み出すって、こういうことなんだなーってのがよくわかる、そんな腰にくる音。

しかも、そのグルーヴから生み出す音は、ただオシャレというわけじゃなくて、カラフルでポップで表情豊かで。

楽曲によってはハードロックっぽいギターがグイグイとくることもあって、ロックバンドとしてのかっこよさも堪能できる。

要は音楽性の幅が広い。

且つ、その幅広さに脈略がないため、すぐに文句を垂れる自称音楽通もニンマリとさせちゃう音を鳴らしているのだ、このバンドは。

90年代の洋ロックを通ってきた回顧厨なおっさんにも、岡村靖幸なんかにうつつを抜かしていたクソサブカル女子にも、グッとくるような音を鳴らしてるのだ、このバンドは。

唯一懸念があるとすれば、「腕をあげること」より「腰をくねらせること」に重視したようなビートとグルーヴ感の強いバンドなので、SHISHAMOとかリーガルリリーとかHump backとかが好きな人からすれば「ん?」と一旦戸惑う部分はあるのかもしれない。

ボーカルは歌ったりラップしたり、怪しいフレーズを連呼したりで「ただならぬヤバさ」を惜しげなく滲み出したりしているし。

けど、騙されたと思って「N.E.O.」辺りを20秒くらい聴いてみてほしい。

自分のよく聴くタイプのバンドとは違うタイプだし、なんだかよくわからんないなあ……ま!!?????なんだなんだなんだこの音楽ヤバ!!!!!!!!!!

そんなテンションになります。

あなたがただの顔ファンをディスる系の、ただの顔ファン系邦ロックファン()でなければ。(もちろん、人による)

見た目がヤバイ

色んなメディアで散々言われてることだが、彼女たちは「ネオカワイイ」のである。

ネオだからこそ、今この世に蔓延ってるカワイサとは少し違うビジュアルをしている。

それでもなお、ビジュアル推しをするところが彼女たちのヤバさである。

けれど、これは「ブサイク」を売りにしてる、っていうのとは少し違う。

確かに、一般的な美意識とは少し違うところに立脚した見た目をしている感は否めないが、本気を出せばもっと小綺麗にできるなか、あえてあの「おかめチック」な容姿で音を鳴らしている感がある。

これには色んな批評性があるんじゃないかと僕は思っていて、CHAIの本質って日本にへばりついた「女性的役割」をぶっ潰せていく、というところにあるのではないか?と思うわけだ。

どういうことか?

なんだかんだで女性を舐めている男性って多い。

だから、演奏は下手でいいし、可愛いくて愛嬌がよかったらそれでいいし、痩せとけ、化粧しとけ、みたいな目で見ている人もいる。

そしてそのせいで、「ありのままでいい」と歌うガールズバンドの多くは「ありのまま」から遠く離れた場所から音を鳴らしてしまう傾向にある。

けれど、CHAIはそういう価値に徹底的なるノーを突きつけながら、今までとは違う価値を提示している。

自分たちの立ち位置を「ネオカワイイ」と位置付けることで、女性に与えられた一般的な価値からは自由になり、且つ、その中でさらに「オンナ」であることを意識して音を鳴らすのだ。

各種のセクハラ問題で、日本のジェンダー的な考えがすごく後進的であること、的外れなジェンダー論がネットが拡散されがちであることが如実になりがちである中、こんな存在のバンドが出ちゃう凄さたるや。

「ジェンダーとはこうあるべきである」という価値観を完璧にひっくり返し、「オンナ」であることを意識させつつも、いわゆる「女」からは自由であり続けるその存在感たるや。

マジで凄いよなーと僕は思ってて。

こういう精神をもってちゃんとポップソングを歌ってるのって、宇多田ヒカルとか星野源とか、そういう「国際的なレベルでアンテナを張ってる、才能ある一人握り」って感じがするんだけど、そういう超人的嗅覚と通底する感覚をもってる人が、ライズハウスで音を鳴らしてるバンドから出ることってこと自体がもうヤバいよなーという話で。

しかもこれ、狙ってやってるというよりは、天然でパフォーマンスしていたら結果的にそうなってしまった感があるところが、さらにヤバイのである。

CHAIの見た目がヤバイ、この意味がお分かり頂けただろうか?

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意外とコンセプチャル

「ニュー・エキサイト・オンナバンド」

こんなキャッチコピーを掲げながら活動するCHAI。

今の時代に売れるのは、見た目が良いとかメロディーがキャッチーとか、そういう部分的な良さだけだと難しいところがある。

じゃあ何が重要になるかといえば、トータル力。

岡崎体育の人気が出たのは、楽曲の良さがベースにありつつも、MVの面白さ、見た目のキャッチーさ、トーク力などなどの複合的な要素だと思う。

このように、統一した演出力、ブランド構築力が必要不可欠で、これを上手に噛み合わせることができたバンドこそが、今の音楽シーンで勝ち続けることができるように思うわけだ。

サカナクションなんかはその典型で、楽曲の良さは前提としてありながら、MVやライブの演出、NFなんかで展開するブランド戦略も含めて、全てが完璧なまでにきちんとコントロールされている。

サカナクションは「バンド」というよりも「チーム」という単位を大事にしながら活動しており、露出する全てのものに対して妥協なき統一を意識しているからこそできる技だし、それがきちんとできるからこそ、サカナクションの存在って不動だったりする。

要は、良い音源を作るだけではなく、そこから派生するありとあらゆる要素に対して「こだわり」を持ち、自身のブランドを高めるクリエイティブを発揮することが重要だよねーという話。

実際、バンドのブランド化がしっかりできれば、自ずと有能なクリエイターが集まるし、そこで発揮されるクリエイティブはより有能なものになりがちだよなーということで。

で、CHAIはそれがしっかりできているからヤバイよねーという話(ちなみに同じ双子バンドであるフレデリックもその辺がきっちり噛み合ってきているから、ヤバイよなーというのが個人的印象)

前述した通り、CHAIには色んなキーワードがあって、そのキーワードを上手に使いながら自分たちのスタンスを明確にし、世界観を確固たるものにして、音を奏でている。

だから、普通なら異質でしかないビジュアルもその音楽性もアリになっていくのだ。

ね?ヤバイでしょ?

まとめ

どこをどう切ってもヤバさしかないからこそ、CHAIはエグいのであり、CHAIの出演に残念がっている邦ロックリスナー諸氏も、CHAIだけはぜひMステで見て欲しいなーと願うばかり。

いや、ほんと、マジでカッコいいから。

見た目と音楽のギャップに酔いしれてほしい次第である。

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