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なんかダラーっとTwitterをみてたら、こんな感じのツイートが目に入った。

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その人と一緒にいることが好きか嫌いかではなく、その人と一緒にいる自分が好きか嫌いかで、その人と付き合うかどうか選んだらいいよ。

あー、こういう考え、すごく良いなーと思った。

これって、無料音源を聴くことだって同じなんじゃないかと思っていて。

それが単純に善か悪かという話をすると「なんだよ、それ?意識高い系かよ〜www」っていう、黒髪ツンデレ美少女の学級委員長がイキリライブキッズ系ハデ色髪の毛の不良に諭すみたいなタイプの、漫画的展開になりがちで、何とも言えない気持ちになったりすることが多い。

で、無料で音楽聴くやつ死ねよ〜〜〜という気持ちだけが膨らんで、どうでもいいところで不愉快な気分になったりするわけだ。

もちろん、そういう気持ち自体はとても大事だし、不況な音楽業界の中でもたくさんのバンドが活躍したり、シーンそのものが盛り上がっているのは、そういう「ちゃんとしたファン」が、たくさんいるからに他ならない。

無料で聴くのはよくないよ、って思うリスナーがちゃんといるから、作り手のことまで想像力を膨らませることができるリスナーがたくさんいるから、音楽業界は支えられているわけだ。

でも、せっかくの綺麗な感情が、他人のあ〜だこ〜だな行為で不必要に汚されるのは単純に悲しいことだと思うし、相手のことでいつまでもプンプンするのは勿体ない。

そう思う時こそ。

じゃあ自分はどんな自分が好きなのか?ってことを考えたら良いのではないか?

アーティストが魂を賭けて作った歌を何の悪びれなくタダで聴いて「ファン」と言えちゃうような自分よりも、アーティストが魂を賭けて作った作品を、ちゃんと等価を払い、そういうことひとつひとつを喜びに感じられる自分、どっちが好きなのか?と

なにより、自分が好きなアーティストからみて「誇らしいファン」でいられる自分が、何よりも誇らしいと思えるのであれば、それが一番なのではないか?そんなことを思ったりするわけだ。

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バンドTシャツを着ることだって、似たようなことだと思う。

単なるファッションで着るやつはダサいし、メタリカ知らないのにメタリカ着るやつはなんだよ?ヤバイTシャツマンかよ???みたいなことをいちいち思ってしまうよりも、バンドマンがもっとも誇らしく思えるような形で、そのバンドのTシャツを着ている自分でいられることがすごく大切なんじゃないか?と。

そういう自分でいることが好きって思えるならば、それが何よりも大切なのではないか?そんなことを思うわけだ。

そして、そのバンドTシャツに袖を通している限りは、そのバンドがそのバンドTシャツを着ている人のことを誇らしく思えるような行動をするように心がけ、自分がダサいと思うようなことはいちいちしない。それでいいんじゃないか?そんなことを思うわけだ。

転売チケットの問題だって、そう。

もちろん、しかるべき形で高額転売がダメなことは訴えていくべきだとは思う。

でも、その言葉は基本「身内」にしか届かないし、あんまり意味があることだとは思わない。

個々の意識として重要なのは、他人がどうしているのかってことよりも、そのアーティストにとって、誇れる自分であるかどうかなのではないか?

セコイ形でチケットを手に入れて、バンドのライブに行ってしまう自分をどう思うか?という話なのではないか?

それがダサいと思うならそんなことはしないし、やるようなやつを心の底で軽蔑しておく。そういう意識がベースでいいんじゃないか?

過剰なまでに人の行為に目を向けてしまうと、不用意に負のエネルギーを生み出しまう。それは良くないし、勿体ない。

でも、素敵な気持ちや誇らしい気持ちで充満していれば、自分と近い距離にいる、わかってくれる人にはちゃんと伝わるし、なによりそのバンドやアーティストは、意外とそういう情報が目に入ったりするものだ。

自分のファンは胸を張ってファンと誇れる人ばかりだって思えるバンドは、すごく強いと思うのだ。ライブなんかだと、それがはっきりと出る。

だからこそ、そういう「素敵な気持ちで満たされるリスナー」が増えることが、結果として音楽の現場そのものを、より素敵な形に変えていくのではーと思ったりするわけだ。

まずは、今、それをしている自分を好きでいれるかどうか?

そこが大事なことなのではないか?なんてことを思った、そんな一日。

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