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以前、このような記事を上梓した。

読んでない人は先に読んでほしい。

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この記事では、色んな恋愛ソングの歌詞について色々と書いてみたんだけど、恋愛ソングってわりとその作詞家の人間性が出るから面白いなーって思う。

というわけで、今回は恋愛ソングというものに対して、個人的なテキトーな分析を述べていきたい。

①僕と君の歌

当然ながら恋愛ソングは僕(あるいは私)と君(あるいはあなた)が出てくる。そして、よほどトリッキーなアプローチをしなければ、恋愛ソングとは、主人公が君についてどう思っているのか?ということを記載するテキストになる。

前述した記事に即して言えば、木村カエラの「Butterfly」では主人公が君に対して想いを述べているし、バクナン、RAD、クリープ、マイヘア、yonigeもそれぞれのアプローチ・立ち位置で君への想いを述べる構造となっている。

唯一、西野カナの「トリセツ」だけは永遠と自分のことだけを歌っているけども。

まあ、これはとてもトリッキーな体裁であるし、これは恋愛ソングというより「自分のことを取扱説明書のように語り、相手にそれを押し付ける歌」なので他の恋愛ソングとは一緒にしない方がいいのかもしれない。

どんな恋愛であれ、それは相手がいて成り立つものであり、その相手との「気持ち」がすごく大事なものになるわけで、ね。

ちなみに、二次元としか恋をしていないオタクのことは知りません。

②感情が焦点となる。

書き手の経験に即して書かれたものであるのか、脳内の妄想だけで書かれたものなのか、あるいは「個人的感情の成仏」が目的で書かれたものなのか、「聴き手に共感してもらうこと」が目的で書かれたものなのかは様々だろうが、書かれたものの根本を分析していくと、それは相手が<好き・嫌い>か、そしてそれは<幸せ・不幸>かの二つの軸に分断されていくと思われる。

そしてそれは、端的に言えば、主人公が君に対してどういう感情を抱いているのかの説明をしているものともいえる。

つまり、恋愛ソングは「感情」を表現する歌、という言い方もできるわけだ。

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ポイントとなるのは、その感情をどのように表現しているのかということ。

例えば、西野カナやバクナンはその感情をなるべく具体的且つシンプルに表現する。

寂しいなら寂しい、好きなら好きということをオブラートに包むことなく表現する。

これにより、どんな人も「この歌が言いたいこと」を明確に伝える。だから、DQNなんかスイーツに幅広い層に支持される歌になるわけだ。

一方、スピッツなんかはその感情表現をストレートに伝えず、比喩という形をとって別の言葉に置き換えるので、歌詞の意味がわかりにくくなる。もちろん、それでその歌詞に個性が出てきたりもするのだが。

あと、件の記事には出ていないけれど、サカナクションなんかも直接表現は避けて、別の言葉に感情を置き換えることが多い。

すごく個人的な意見だが、感情をストレートに表現するタイプの人は「人の動き」とか「動作」を克明に記述するタイプの作詞家が多く、感情を比喩しがちな作詞家は「風景」とか「色」を上手に使うイメージがある。

まあ、あくまでも個人的なイメージだけど。

③異性とハメることより音に言葉をハメること優先するタイプ

それが歌詞という体裁を取っている状態、メッセージは二の次で、本当はメロディーありきという歌も多い。

恋愛が一番オーソドックスだからそのギミックを使ってるけれど、歌詞なんて所詮歌詞と割り切っている歌も多い。

桑田佳祐なんてわりとそういうフシがあるし。

そういう人の場合、歌詞の表現のテクニックよりは「体言止めの多用」とか「韻を意識的に揃える」とか、そういうレトリックに注目をする必要もあったりする。

恋愛ソングってベタである分、そういう計算だけで書かれた歌も多いよね、っていう話。

まとめ

だから、なんだという話になってしまったけれど、普段とは違う目線で歌詞を見てみたら面白いかもね、っていうそういうオチ。

ちゃんちゃん。

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