ロックはJ-POPになってしまった。

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そんなことを言われることがある。

これって「このバンドが売れ線になってしまった」とか「このバンドが商売道具になってしまった」とか、そういうニュアンスを込めた言葉であることが多い。

でも、ロックがポップスになるというのは、そういう意味だけで終わる言葉でもないように感じるのだ。

どういうことか?

どんな音楽だって、本質的には「誰かに」聞いてもらうことで音楽として成り立つのであり、意識的であれ無意識であれ、どんな音楽も「届かせる相手」を想定されて作られていることが多いように感じる。

このターゲットの意向がポップであるかどうかの大きなポイントであるように感じるのだ。

例えば、バンドの音楽の良さのひとつって、クラスの陰キャラに、こっそりと勇気を与えてくれたり背中を押してくれたりする所にあると思う。

不器用である、マイノリティーな自分の味方でいてくれるのだ!みたいな、そういう良さがあったりするわけだ。

あるいは、心に孤独を抱えた人が、心に孤独を抱えた人に向けて贈る歌だからこそ、グッときたりとか。

でも、あるタイミングで、このバンドの歌は「自分の歌」じゃなくなったと感じることがある。

よくこういうときに例に出すのはWANIMA。

WANIMAなんかも、最初はライブハウスというマイノリティーな空間のヒーローだったわけだ。

ライブハウスにいる自分たちに向けて歌われている歌のように感じたから、WANIMAの音楽は多くのライブキッズに刺さったのだ。

そんなWANIMAは、いつしかよりスケールの大きい「大衆」に向けて、言葉を紡ぐようになる。

こういう、想定される聴き手の移行こそが、ロックからポップへの移行と言えるのかなーと思うのだ。

ミスチルみたいなバンドがポップと言われるのは、ミスチルの音楽の向かっている先が「大衆」だからだと思うのだ。

実際の数字の話はともかく、もっと小さなターゲットに絞って音を鳴らしているバンド音楽なら、それはロックと呼ばれることが多いように感じるし。

バクナンが「ポップ」と感じるのは、そういうことだと思うのだ。

自分ではない遠くの誰かにも向けて音を鳴らすような感覚があるから、バクナンはロックというよりもポップ性を感じるのかなーと思うのだ。

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無論、大きなスタジアムでもライブをしていて、大衆に向けて曲を届けようとしていても、本当にカッコいいライブをしているバンドは「ロック」だなーと感じることもあるだろうがを

まあ、そういうバンドはロックというよりも、ロックスターと呼ばれることが多いのかなーと思う。

B’zなんかが、そういう領域にもっとも近いのかなーと勝手に思っている、

いずれにせよ、大きな母体をターゲットにした音楽になること=ロックからポップへの変化と言えるのかなーと思うのだ。

これは、以前記事にしたUVERなんかにも通ずる話だ。

よく質問箱を開いていると「売れる」「売れない」の話を聞かれることがよくある。

このバンドは売れますか?とか、この後、このバンドはどうなりますか?とか。

個人的に思うのは、このバンドがどこをターゲットにして音を鳴らしているのか?というところが重要であり、そこの理想と現実にギャップがあるかどうかが大事なのかなーと思うことが多い。

例えば、海外の人により聴いてほしい!という意識を持っているバンドは、自ずとそういう音になっていくことが多い。

でも、そういう音楽にシフトチェンジしたのに、海外からはスルーされて、日本のファンしか聴いていないとしたら、それは「うーむ」ってことになるわけだ。

そのバンドが持っている理想と現実との距離がどれくらいなのか?というのが、今のバンドの状態を想像するひとつの指標なのかなーとそんなことを思ったりする。

そんなことをふと思った、そんな記事。

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