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某ウェブサイトが「歌い手をバカにしてるバンドマンが死ぬ日」みたいな記事を書いていたので、読んでみた。

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まあ、別にこの記事の是非については書くつもりはないんだけど、確かにバンドをやってる人間は色々考えるべき地点に立ってるのかもなーなんてことは思った。

ちょくちょく別の記事にも書いているけれど、あと3年くらいでバンドシーンはまた大きな変動を見せると思っている。

で、その頃には今いる多くのバンドの音楽が「古い」とバカにされてしまう時代がくるんじゃないかなーなんて思っていて。(でなければ、ロックミュージックは古参だけが楽しむ身内に優しい娯楽になっていると思われる)

なんで、そんなふうに僕が思っているのか?そういう話をしていきたい。

人は慣れてる音楽じゃないと心地よさを覚えない

理由を端的に言えば、人は慣れてる音楽じゃないと心地よさを覚えないからというもので、じゃあ今の小学生や中学生はどういう音楽に「慣れている」のか?というところがポイントになる。

まあ、自分と干支が一回り以上離れた人たちの感覚について言及することほど野暮な話もないとは思うんだけど。

ただ、少なくとも僕が青春時代に「カッコいい」と思ってた音楽の多くが、今の小中学生からしたら「古いしダサいしうるさい」って烙印を押すと思うわけだ。

なぜなら、その音に慣れていないから。

昔のロックバンドといえば、厳つい兄ぃちゃんたちがやるようなものだったのに、いつしか軟弱ヒョロヒョロキノコ人間ばかりがバンドをやってるし、喉を閉めたような高い声のボーカルばかりで不愉快である、って落胆する古参ロックファンがよくいる。

軟弱なロックとか、硬派なロックとかという区分けはともかく、バンドが鳴らすロックの手触りが変わったことは間違いない。

こういう変化が生まれるのも、どういう音に慣れるのか?慣れなかったのか?ということから生まれるわけだ。

結果だけみれば、この数年で、日本人は、音楽の「速さ」には慣れまくったので、邦楽のメロディーはどんどん高速化していくようになっていったが、逆に遅い音にはあまり関心を持たれにくくなってしまった。

あるいは、サビ史上主義のメロディーじゃないとグッとこないとか、リズムはシンプルなものじゃないと受け入れられないとか、そういう慣れた音楽のパターンがより鮮明になってきた。

そういう要素の集合体が「ポップ」という価値観を作り、より多くの人の音楽的価値観に影響を及ぼすようになっていく。

どういうものがポップと呼べるのか?が鮮明になってくると、こういうチャレンジありだけど、売れるためにはこういうことは抑えないといけない、みたいなものが見えてきて、そういう枠組みの中で音楽が作られるようになっていく。

まあ、それ自体はそれで良いんだけど。

ただ、バンドシーンに限って言えば、フェスシーンの影響もあってか、いつしか皆が同じアイデアばかりを拝借するようになり、インディーズバンドの多くがポスト○○って形容したら済んじゃうような既視感のあるサウンドを量産するようなことになっている。

もちろん、そういう音に慣れたファンはそういうバンドサウンドを迎合するけれど、そこにだけコミットしたバンドばかりになってしまったとき、突然死が訪れる。

どこかのタイミングで、そういう音に慣れていない世代が生まれ、そういう世代が次のカルチャーの行く先を決めるようになるからだ。

ほんと、あるタイミングで急に起こるんですよ、そういうことって。そういうもんなんですよ、音楽なんて。

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歌い手の音楽から考えるべき未来のシーン

ぶっちゃけ歌い手シーンがどれくらいのボリュームで需要されているのかは知らないんだけど、僕の勝手なイメージとして、歌い手みたいな音楽が好きな人って、一般的なバンドミュージックは「うるさい」と感じるタイプが多いんじゃないかなーと思っていて。

なぜなら、ロックの音に慣れていないから。

海外のロックシーンが停滞していて、アクモンみたいなバンドですら大幅な路線変更をせざるを得なくなったのは、簡単にいえばバンドサウンドに拒否反応を示してしまう若い子が増えたからだ。

ワンオクですらあんな音楽を作るようになったことをみても明らかである。(世界で活躍してるクロフェもどんどん音をクオンタイズしていく方向に向かっているのも、そういうことだろう)

日本だってわりとそういう予兆はきてると思う。あんまり顕在化はしてないけれど。下になればなるほど、そういう世代って絶対に増えていると思うのだ。

Tik Tokとかやるやつとか絶対そういうタイプだと思うし(知らんけど)。

TK from 凛として時雨は大好きなのに、凛として時雨は無理って人もわりと多いようなのだが、これだってどういう音に好意を示し、どういう音に拒否反応を示してしまうのかを示す、ひとつの事例のように感じるし。

クオンタイズされていく音の行く先

もちろん、売れてるバンド、より多くの人に曲を届ける意識を持ったバンドはいち早く、音をクオンタイズする意識を持っていた。

サカナクション、セカオワ、ワンオクは言わずもがなで、若いバンドでそういう意識を持ったバンドは音をどんどんクオンタイズをしているし、音の手触りを絶妙にコントロールしている。

そういうしたたかさがあるバンドは今後も生き残るし、そうじゃないバンドはうーんって感じてしまうことが多い。

もうひとつ、意識の違いの話で言えば、売れる意識の強いバンドは、バンドという単位で完結するような仕事をしない。

MVやライブの演出もそうだしアパレル展開とか
他の文化との迎合を含め、バンドというよりもチームという単位を意識した展開を心がけ、バンドというよりもクリエイター集団という意識を持って活動をしている。

逆に言えば、バンドとバンドのファンしか意識していない、バンド内で完結するようなことしかしていないバンドは、そのうち死ぬだろうなーという話。

インディーズバンドを見ていると、ちょっと前に流行ったバンドを、下手すればマイヘアみたいに今きてるバンドそのまま模倣したようなバンドがけっこういたりするじゃないですか?

これってそのバンドが、自分の周辺のバンドとそのバンドを好きなファンだけみている現れだと思うんだけど、そんなことしててマジで末長くバンドでメシが食えるのか?って思ってしまう。

バンドだけを参照して、バンドが好きな人にだけ向けた音楽を生産しても、未来なんてないんじゃないかなーと思ってしまう。

確かに今はオリコンチャートをみても、バンド音楽が売れまくってる、バンドバブルではある。

だから、バンド界隈だけを向けた音楽とプロモーションをしても、わりといける感がある。

けれど、あと数年で、そのバブルは弾けるんじゃないかなーと思ってしまう。

だからこそ、歌い手であれ何であれ、もっと広い射程で音楽捉えて、それをバンドの糧にした方がいいんじゃないかなーなんて。

別にTik Tokでドヤってる奴に媚を売れ!とは思わないけれど、歌い手が好きな人にハマってもらえるような音楽を作らないといけない!とは言わないけれど、もう少し色んな視点を持ってバンド活動しないと、それこそ「バンドマンが死ぬ日」がくるんじゃないかなーなんて。

まあ、バンドをやってないお前が何を偉そうに能書き垂れてるんだって話なんですけどね。

まあ、某記事を読んで、そんなことを思ったっていう、ただそれだけの話。

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