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この一週間での、ロック界隈の大型トピックニュースはふたつあった。

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ひとつはハイスタのツアー発表であろう。

ツアーという括りでいうなら2016年にちょろっと行ったが、あれは個人的にはツアーだと思っていないので、18年ぶりに満を持しての全国ツアー開催ということになる。(と思ってる)

ハイスタの歴史見ていくと、長い沈黙を破って活動し始めたのは2011年だ。

傍目からみても、わかる。

2011年の活動再開のときの3人はきつそうだった。

本当は仲が悪く、一緒にステージにたつことのぎこちなさを覚えながらも、それでも強引にステージに立っている感じ。

要は、無理をしてる感じがひしとひしと伝わってきたわけだ。

たくさんの希望を感じつつも、同時に不安も覚えるようなライブだったわけだ。

そして、思った。

この活動再開はあくまでも震災があったからやってくれたものであり、震災で蔓延している悲壮感が薄れていけば、それとともにハイスタ自身の印象も薄れていくようにフェードアウトしていくのではないか、と。

実際、2011年、2012年にエアジャムが開催した後は、ピタリとハイスタの表立った活動はなくなってしまった。

なんだ、東北でライブやったらそれでしまいかよ。やっぱりあれは無理をしてステージに上がったものであり、あの三人組は本音では嫌々ステージに立っていただけなんだったんだ。

そんな空気がどこか漂い始めていた。

沈黙を破ったのは、2015年。

尽未来祭、FAT 、POWER STOCKの3つのイベントの出演がアナウンスされる。

もちろん、これに驚いたわけだが、それ以上に驚いたのはハイスタのライブそのものだった。

この3つのイベントでのハイスタのライブは2011、2012年のハイスタのライブとは全然違っていたのだ(まあ、僕が見たのは尽未来祭のハイスタのライブだけなんだけど)。

なんと、メンバーがとても楽しそうに、それこそ少年のように、ライブをしていたのである。

その顔には、2回目のエアジャムで見せて「きつそうな表情」がひとつもなかった。

純粋にハイスタという音楽を楽しんでいる姿がそこにはあった。

そして、このときのライブでのMCで「来年は新曲を持ってフェスとかに出たいなあ」なんて話をしたのだ。

このときのメンバーの顔をみたとき「ああ、これはリップサービスなんかではなくて、本気でそうしたいと考えているし、実際、制作をしているのだろう」と感じた。

そして、周知のとおり、2016年は悲願の新曲リリースと、ニュージェネレーションで固めた(と言ってもいいだろう)、世代を超えたエアジャムを開催したわけだ。

*この辺りの顛末に関しては、別記事で散々書いているので、ここでは割愛する。

要は、2011年からハイスタは少しずつ動き出してきたわけだが、6年の月日を経て、ようやく全国に音を届けることになったわけである。

本音を言えば、ツアーするのに時間かけすぎだろう、もっと早く活動しろよ!と思ったりもする。

2011年当時は学生で、現在は社畜サラリーマンになった今だと、なんであの時にやってくれないんだよ、あの時ならたくさんの時間あったのに、なんてほんの少し悪態をついてしまうわけだ笑

まあ、でもやっぱりツアー発表は嬉しい話。

僕がハイスタのツアーに行くかどうかはともかくとして、色んな人がこれをきっかけにハイスタの音に触れることができたら、それは素晴らしいことだなあ、なんて思う。

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さて、冒頭の話に少し戻る。

今週、ロック界隈で大きなニュースがふたつあったと述べた。

その一つはハイスタのツアー発表であるということをこうして今語ったわけだが、今からもうひとつのニュースについても、少し言葉を紡ぎたいと思う。

言葉にするまでもないだろう。

「リンキン・パークのボーカルだったチェスターの自殺」の話である。

正直、事が事なだけにまだこのようなブログのネタにするべきではないのは百も承知だし、どんな言葉を紡いだとしても、本当にリンキンが好きだった人にとっては、胸の痛い話にしかならないこともわかってる。

でもその一方で、こうやって「文章」にしたためて、今という感情を「流されないもの」にすることにも、ほんの少しは意味があるのではないかと思い、あえて言葉にしたいと思うのだ。

とはいえ、僕がごときが大したことも書けなかったりもするわけだが。

僕はリンキンをずっと追いかけていたヘビーユーザーでもないし、今年開催される予定だった4年ぶりの幕張のライブだって完全にスルーしていた身である。(4年のサマソニには足を運んだが)

そんな僕がこのニュースに何らかの言葉を紡ぐのはちょっとアレなのだが、ふとホルモンの亮君がチェスターの死を受けて、Twitterでこんな呟きをしていたが妙に引っかかったのだ。

クリスコーネルに続きリンキンのチェスターまで…。
マリオカートのスターロードのように、キラキラ輝いてる道ほど常に真っ暗な死が隣り合わせに存在している。
俺も落ちそうになる時、ハイロウズのこの歌を口ずさむ。
「自殺するのが流行りなら長生きするのも流行り」
byマキシマムザ亮君

ここで引用されている歌詞は、ハイロウズの「ミサイル」という歌なのだが、僕はこのツイートをみて、ふと別の歌が脳裏をかすめた。

ハイスタの「STAY GOLD」である。

このフレーズが頭に流れたのだ。

it was such a lonely time
after you were gone
you left me so suddenly
that was how you showed your love
now I see the real meaning of your words
they showed me the way to laugh
though your way was awkward

これはハイスタの「STAY GOLD」の2番の歌詞の一部分であり、和訳すると、こんな意味になる。

お前がいなくなってから
寂しい時を過ごしたんだ
お前は突然去ってしまったけれど
そうすることで自分の想いを示したかったんだね
今なら俺にもお前の言った言葉の意味がわかるよ
本当に笑わせてくれるよな
お前はいつも不器用なんだから

ホルモンの亮君がツイートしていた言葉も端的に言うならば、「人生をSTAY GOLDし続けるのは難しい」という話である。

そして、STAY GOLDし続けることに断念し、人生という旅からドロップアウトしたチェスターに対して、あえて餞の言葉を述べるなら、こんなニュアンスの言葉になるんじゃないか、とふとSTAY GOLDを聴いて思ったわけだ。

もちろん、チェスターの生涯を紐解けば前途多難な日々だったし、傍目からみれば「STAY GOLD」にみえた人生も、たくさんの苦悩の上に成り立つものであったわけだ。

11歳の時に両親が離婚してマリフアナを吸引するようになった過去、そこからエスカレートしてコカインなどの薬物を使用するようになった過去、子どもの頃に性的虐待を受けていた過去と、それにチェスターは大人になってからもその過去に大きな傷を受けているということ。

そんな過去の中では、自殺を考えたこともあったという告白をしている。

けれど、チェスターはそんな苦悩は乗り越えて、その衝動や苦悩を音楽という形で表現してきたわけだ。

だからこそ、チェスターに対して、苦しいことがあっても自殺を選ぶなんて許せない、というような言葉には、少し違和感を覚える。

だって、ここまで様々な苦悩を乗り越えてきたんだから。

何が彼に自殺という決断させた決め手になったのかは誰にもわからない。

チェスターが自殺した日は、亮君のツイートにも登場した、チェスターの友人であり偉大な音楽家の一人であるクリス・コーネルの誕生日であるし、そこと関係しているのかもしれないし、直接的な理由はまったく違うものなのかもしれない。

話は少し逸れるが、日本でも若くして精神病に悩まされて、亡くなったロックミュージシャンがいる。

Pay money To my PainのKである。

彼らに共通するのは、二人とも天才的なヴォーカリストであるということ、繊細であるが故に他人の痛みにも自分の痛みにも敏感であり、それ故苦しみ、それに抗うため、あるいはそれを昇華するために、ヘビィで重い音楽を創り、その音楽によって、多くの人の心を打たせたということである。

確かに自殺は良くないことだと思う。

けれど、他の人には感じない細かな部分や、現代人は不感症となりがちな「痛み」にも敏感に感じとる繊細さがあったからこそ、あのような素晴らしい音楽を作り出すことができたのだろうし、極端なことを言えば、精神病とは無縁の屈強なる魂を宿しているのだとしたら、彼らがあのような作品を作ることはなかったのかもしれない。

作り手の精神性と肉体性の宿るからこそ、ロックという音楽にロックが宿るわけだ。

自殺を肯定してそれを美談にしろ、という話ではなく、例え人生の幕切れがなんであれ、それまでに行った功績や作品は消えることなく存在するわけで、そこに対する敬意は消え失せるものではないということ、それだけは確かなわけだ。

今はただ、チェスターのその眠りが安らかなものであることを、ただただ祈るばかりである。

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