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コムアイがTwitter上で「みなさんは何で音楽を聴きますか?」みたいな感じのアンケートをしていた。

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項目として、YoutubeとCDが並列している辺り、時代を感じるなーと思ったわけだが、わざわざコムアイのアンケートにリプを送るような人は、比較的ヘビーな音楽リスナーであるような気がするので、おそらく、CDという回答率もわりと高く出るのではないかなーという気がする。

ちなみに、僕はもっぱらiPhoneをデバイスとして音楽を聴くことが習慣化してしまっており、iTunes musicとSpotifyをメインで使いつつも、そこで聴けないものや好きなアーティストはCDで補完する、というスタイルに落ち着きつつある。

こういう態度がマジョリティーなのかマイノリティーなのかはよくわかんないけども。

いずれにせよ、音楽の聴き方は人によって千差万別なのだと思う。

そんななかで、僕が気になるのは、どんな「媒体」や「ツール」で音楽を聴いているのかということよりも、音楽をどういう聴いているのか、というところである。

音楽をどういうふうに聴いているのか、ぱっと思いつく形を列記してみた。

アルバム単位で聴く人

未だに音楽をパッケージして売るときは、「シングル」か「アルバム」か「ミニアルバム」という形態でリリースされている。

もちろん、「アルバム」といっても10曲くらいしか収録しない人もいれば、どっかのラッパーみたいに20曲以上ぶち込む人もいる。

ところで、アーティストはアルバムをひとつの作品と考えており、曲順や曲と曲の間、あるいジャケットや歌詞カードなんかに工夫を凝らし、世にリリースしている。

となれば、音楽リスナーとしてアーティストに対して誠実な態度を取るならば、アルバムの頭から、曲を飛ばさずに一曲一曲丁寧に聴くことが正しい態度、ということになる。

が、そんなことをしている人は稀だと思う。

漫画の単行本だったら頭から読む人も、映画やドラマなら、途中を早送りして飛ばさない人も、アルバムだったら、途中から聴き始めたり、間を飛ばしたりすることだろう。

少なくとも、僕はアルバムという単位で聴くときも、そういうふうにして聴きがちになっている。

シャッフル

とにかく全曲シャッフルという視聴スタイル。

お気に入りの曲がきたらテンション上がるみたいな。

ラジオと同じように、曲に出会うことに「偶然性」を作り、そして出会いに喜びを見出す視聴スタイルである。

フェスとかライブのセトリ順

前に行ったライブの余韻をよみがえらせるため、そのライブのセトリと全く同じ曲順にして音楽を聴く人もいる。

これは、アルバムという作品よりも、ライブという現場重視の視聴態度という気がする。

こういう人は、新しいアーティストを聴くときは「予習」という言い方をしそうなイメージである。

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自分のプレイリスト作成

通勤のときはこのプレイリスト、皿洗いのときはこのプレイリストと、アーティストが提示したアルバムという曲順とは別に、自身で新たなプレイリストという物語を生成して、その物語に沿って音楽を聴く態度である。

確かに、朝はテンションが上がる曲縛りで音楽を垂れ流したい気持ちはよくわかる。

こういうふうにプレイリストを作り、その中でシャッフルをする人も多いと思う。

一曲を鬼リピート

Youtube派の人はこのタイプが多いのではないだろうか?

飽きるまで同じ曲を聴き続けるそのスタイルはある意味清々しいと思う。

まとめ

その時の気分によって聴き方が変わる、というのはあるだろうし、通勤通学のような隙間時間でしか音楽が聴けない人は、どうしてもアルバム単位で曲を聴くのは難しい。

果たしてどの聴き方が一番のマジョリティなのかはアンケートでも取らないとわからないが、ヘビー音楽リスナーはストリーミングに流れ、そうじゃない人は違法アプリかYoutubeで済ます人が多いなかで、「アルバム」という単位を大切にして音楽を聴く人がどれほどいるのかは怪しいものである。

で、ここで言いたいのは、仮にアルバムという単位で聴く人が少数派なのだとしたら、そもそも作品をアルバム単位でリリースするということ自体が、時代錯誤なのではないか?という話である。

アルバムにはアルバムの良さがあるんだよとか、アルバムという単位だからこそ描ける世界観・メッセージがあるんだよ、という意見もあるとは思うし、その気持ちもよくわかる。

けれど、多くのアーティストの動きをみていくと、事前にたくさんのシングルをリリースしたり、どの曲にもタイアップをつけてアルバム曲でもシングル扱いさせることが増えており、オリジナルアルバムという冠を付けていても、実態としては小さなベストアルバムのような装いにさせて、アルバムをリリースするアーティストが多いように感じる。

そんなご時世で、なぜまだアーティストたちは「アルバム」というパッケージに拘るのか。

もちろん、アルバムをリリースしてツアーという流れが一般的だから、というのはあるのかもしれない。

けれど、変にゴミのような曲を作って、ツアーのセトリを圧迫させるくらいなら、旧曲だらけのツアーをやってほしい、というのがどのアーティストにも起こっているファンからの切実な声だったりする。

そういうことも考えると、なおのことアルバム不要説が根付く気がするのだ。

なにより、そんなシングル寄せ集めのようなアルバムで「アルバム」という単位じゃないと描けないような、世界観なりメッセージを描いているのか?という話もある。

過去の人がやってたから、とりあえず「アルバム」を作らないとね!というある種の義務と惰性で「アルバム」というものをリリースしているのだとしたら、もうアルバムなんて辞めてしまえばいいのだと、僕なんかは思うのだ。

実際、ミュージシャンだって人様の作品をアルバム単位できっちり聴いてる人なんて、稀な気がするし。

それでも、アルバムに拘るならば、それ相応のやり方が必要なのではないか?と僕は思うのだ。

アルバムという価値が停滞しているのだからこそ、作り手はもっと「アルバム」である意味が宿ったアルバムを出してほしいし、それができないなら、ミニアルバムとかでいいやん、というそういう話。

ちなみに僕はミニアルバムという形態が一番好きである。

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