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ゲスの極み乙女。、そしてindigo la Endは活動休止となった。

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理由はフロントマンである川谷絵音が、未成年と飲酒したことが発覚したためである。

このニュースが発覚する前にも、絵音は結婚している身でありながらベッキーとの不貞騒動があったため、基本的な世論は「絵音が悪い」という空気になっており、活動休止は当然という向きであるように思えた。

活動休止の是非はひとまずおいておこう。

また、このニュースを受けて活動を休止したにも関わらず、絵音は件の未成年とデートをしており、絵音は全然反省していないじゃんか、ということについてもおいておこう。

事実としてあるのは、絵音はメディアによって活動休止に追い込まれ、発売されるはずだった新譜もリリースできなくなってしまったということである。

もし絵音が大きな事務所に所属しているアーティスト(ホリプロとかアミューズ、あるいはジャニーズ)だったら、こんな形でのやり玉はあがらなかっただろうし、活動が休止に追い込まれることはなかったのではないかと思われる。

であればもちろん両バンドの来年の動きだって大きく変わっていたのだろうなあと思うわけだが、それはどこまでいっても「たられば」の話でしかない。

そして、絵音の人間性なんてこの際はどうでもよくて、メディアが「面白い」とか「数字がとれる」とかそんな理由のためだけに、人の人生をめちゃくちゃにしてしまっているという事実、なにより音楽人としては才能のカタマリである人間の活動をここまで縛ってしまっているという事実に対しては警鐘を鳴らさなければならないと思うわけである。

人の欲望と憎しみを背負うのが芸能人の仕事のひとつであると考えても、あまり良いことではないよなあと思うわけだ。

とはいえ、活動休止の事実がひっくり返ることはもうないので、僕たちが考えなければならないのは、絵音が音楽業界に戻ってきたあとのことである。

絵音がまったく改心していないのだとすれば、また同じようにバッシングをくらって、また再び休止に追い込まれるのも時間の問題ということになってしまう。

そんなことすれば、それこそ他のメンバーが完全に愛想をつかしてしまい、解散になってしまうことは間違いないだろうし、絵音という才能が世間から抹消されてしまう危険性すらでてくる。

こうなると、メディアが芸能というものを牛耳るという力関係がより強固なものになり(そして、メディアよりも強い力を持っている芸能事務所だけが自分の主張を通すことができるようになってしまう)、あらゆる日本の芸能が先細りしてしまう危険性すら生まれてくるのではないかと個人的には思うわけだ。(例えば、お笑いは吉本が力を持ちすぎているし、男性アイドルはジャニーズが力を持ちすぎているうえ、他の事務所から瑞々しい才能が生まれずらくなっていることがその一例である)

絵音が黙殺されるとすれば、バンドマンは表舞台に立つのことの危険性を肌で感じてしまい、アングラなライブハウスに閉じ困ることを選択するようになるかもしれないし、音楽のジャンルだけでなく、そのふるまいにおいても「尖った」ことをしづらくなる空気が生まれることは間違いないわけだ。

それは良くない。

というわけで、今後、ゲスあるいはインディゴは、なにより絵音はどういう立ち振る舞いをするべきなのかを考えたいのだ。

まあ、絵音が余計なことは喋らず、プライベートでも週刊誌の「ネタ」になりそうなことはせず、淡々と仕事をこなすことが何よりなのだろうとは思うけれど、良くも悪くも絵音はそんなことができないと思うわけだ。

というわけで、僕は勝手ながらプランを考えてみた。

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1.ゲスキャラを貫く

要はこいつは息をするように浮気するし、どんな女にだって手を出すと思われてしまえば、浮気現場を押さえるくらいでは「ネタ」にならないキャラになってしまえば、それを民衆の「おかず」にされることはなくなるというわけだ。そのため、中途半端に良いことは一切言わず、ファンに対してもドライすぎるくらいの接し方をしたらいいのではなかろうか。

今のロックシーンって本当はゲスな人もライブでは良い人を演じてしまう空気がある。東北ライブ大作戦に関わっている人はもちろんのこと、ブルエンやオーラルみたいな20代の人たちもMCでは積極的に熱いこと言うし、あんまり「熱さ」が似合わなさそうなフレデリックやsumikaやsuchmosなんかも、ライブのMCでは声を張り上げて、俺たちは「熱いんだぜ」感を出すようなMCをする風潮がある。

いつの間にか、ロックバンドって尖らなくなったなーという話。

よくよく考えると日本のアーティストでシャブとかで話題になるのって、ASKAだったり槇原敬之だったり岡村靖幸だったり井上陽水だったり、ロック畑ではない人が多い。

別に薬をやれって話ではないけれど、良い子ちゃんでいられないからこそのロックなのに今のロックシーンにいる人たちは良くも悪くもいい子ちゃんが多すぎるという話である(まあ、どのバンドもファンの女の子に手を出すのだけは早いけども)。

もちろん、ゴミを捨てましょうとか、痴漢はするなとか、友達やファンとは仲良くな、とかどんどん言ってどんどん推奨すればいいとは思うんだけど、MCでそういうこと言いすぎるがゆえに、そういうMCが安っぽくなり、観客の心に届いていない気がしなくもあったりなかったりで。

で、一人くらいは倫理なんて無視するようなMCをするヤツがいてもいいんじゃないかなーと思うのだ。

やっぱりこいつは人間としてクソだよな、でも、奏でる音楽はどうしようもなく良いんだよな、と言われるくらいがなんかロックっぽくていいじゃないですか。

というわけで、「メディアは言いたいことすぐ捻じ曲げる」とか「俺だってある意味被害者だ」みたいな女々しい泣き言を言うんじゃなくて、「おれは真正のクズである。文句あるか?」と言わんばかりの態度で絵音にはステージに立ってもらい、自分の鳴らしたい音を鳴らしまくるスタイルが良いのではないかというのが一案。

2、逆に良い人の象徴として君臨する

先ほどシャブ中で逮捕されたときに出てきた槇原敬之と、川谷絵音には共通点が幾つかある。

そのひとつが、SMAPに曲を提供したということである。

槇原が提供した「世界に一つだけの花」は、最初アルバムの曲のひとつでしかなかったが、ファンを中心にシングル化の要望の声が強くあがり、ドラマの主題歌として抜擢されたこともあり、シングルカットし、やがてそれは日本の歴代シングルランキングで3位となる294万枚を売り上げるという快挙を達成することとなるわけだ。

これはSMAPのセールスとしても異例の数字となるわけだが、この曲にあるポジティブなメッセージのおかげで、槇原敬之の社会的イメージは大きく変わることとなった。

このヒットのおかげで、不祥事のイメージは完全に払拭して良い人のイメージが根付いたわけである(もちろん、この言い方には色々と語弊もあるわけだが、今回は端的な表現をしたいので、こういう言葉を述べておくことにする)

絵音はシンガーとしてはそんなに才能ないと思うけど、ソングライターとしての才能はピカイチなため、色んなアーティストにどんどん曲を提供すればよいと思うのだ。

で、すごく好感度の高いアーティストに、好感度が上がりそうな曲を作り、歌ってもらえば、そのイメージがやがて絵音にもつくようになり、絵音も実はすごく良い奴みたいな空気になるのではなかろうか。

つまり、いきなり表舞台では活動するのではなく、裏方として少しずつそのイメージを覆すような活躍すればいいのではないかという案である。

まあ、こんな姑息な手をつかわずとも、ファンは絵音のことを待っていると思うので、しかるべきタイミングでまた、その素敵な音楽を鳴らして頂ければと思ったりもするわけで。

やがて復活するその日を楽しみにしているわけである。

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