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どうしたらCDは売れるのか?ということを勝手に一人で考えたので、その思考を残すようなノリで、記事を書いてみたいと思う。

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今、音楽市場の稼ぎ頭がライブであることは、ほとんどの人が知る話である。

実際、音源を聴くことに対してお金を払わない人は多いけれど、ライブにはお金を払う人が多かったりする。

では、なぜライブにはお金を払うのか?

もちろん、音源は無料で聴くことができるけれど、ライブはそうではない、という前提があると思う。

けれど、お金を払うことに対するハードルを考えたとき、ライブは比較的ハードルが低いように感じる。

それはなぜか?

それは、リスナーは「体験」という部分にお金を払っているから。

そう言えるのではないか?

複製不可能な「体験」という部分には、お金を惜しまないような魅力があるし、DVDで観るとか、Twitterで情報を手に入れるだけでは補完できない「体験」がライブではできると分かっているから、その「体験」という部分にお金を払うわけだ。

一方、音源を購入することにお金を払わないのはなぜか?

もちろんタダで聴くことが当たり前になってきたからとか、タダで聴くサービスが増えてきたからというのが前提としてあるのだろうが、音源を聴くという行為は「体験」というよりも「情報」というニュアンスが強いからなのかなーと個人的には思っている。

情報を取る、という時にお金を払いたいと思う人は少ないように感じる。

なぜなら、情報はタダでも手に入れることができるもの。そう思っている人が多いから。

仮にだが、ナタリーみたいな音楽サイトがあるタイミングで有料になれば「は???」って思う人が多いと思う。

それは、情報発信というものが有料なのはおかしい、という考えが人にあるから。

仮にマスコミが全ての情報発信を有料にしたら文句を言う人がほとんどだろうし、NHKの集金を憎む心理だって根本はそこにある(もちろん、利用してないのになんで払わないといけないんだ?というのがベースにあるとしても)

元々、情報はタダで手に入って然るべきだと考えいる人は多い。

そして、音源というものは「体験」というよりも「情報」という位置付けに近くなった。

「情報」なんだから、タダで手に入れても然るべきだし、非難されるべきことではない。

そんな考えがどこかしらに生まれてしまったのではないか?少なくとも、お金を払って手に入れるものではないという認識が、生まれやすくなったのではないか?

また、同じ音源を購入するということで考えても「体験」というものをどう捉えるのか?ということはすごく大事だと思う。

音源を情報として捉えるならば、ストリーミング配信で聴けばそれで十分ということになる。

おそらく、公式的なストリーミングサービスではなく、Music FMのような限りなく違法性のあるアプリを使ってしまうのは、カタログ的な問題が一番大きいと思うので、ここさえクリアすれば(米津玄師を聴くのはSpotifyだけ、となればSpotifyの利用者は急激に増えると思う)何とかなると思う。

ただ、ストリーミングサービス(違法アプリも含め)VS CDというなかで、どのように音源を売っていくのかを考えていけば、そこではかる差別化は「体験」の部分が鍵を握るはずなのだ。

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「体験」というものをデザインしていくのか?

円盤を買うのはコレクション的意味合いが強い、あるいは推しに貢ぐような意味合いで強い、という人もいるかもしれないが、そういう志向を持たない人にもCDを買ってもらいたい、と考えるならば、「CDを買うことで得られる体験」をどうデザインしていくのか?ということはすごく大事だと思うのだ。

ここで思考を止めてしまい、体験って結局のところライブでしょ?だったらライブの先行チケット申し込みの番号とセット売りしたらいいんでしょ?そしたらファンは買うでしょ?みたいなことをしているバンド・アーティストが多い印象を受けるが、それはあくまでもライブという体験を手に入れるためのチャンスを与えているだけであって、CD購入における体験とは全く関係がない。

DVDのセット売りだってそうで、そのDVDを見ることがCDを聴く体験、購入する体験にプラスαになるものでなければ、それは体験を売ったということにはならないと思う。

CDを購入することで得られる体験のデザイン、というのがキーポイントだと思うのだ

体験とのセット売りで成功を収めた数少ない事例の一つがAKBであり、総選挙の投票権とのセット販売は、その代表例だ。

この売り方は各所から様々な波紋を呼んだが、
CDを購入することで、総選挙という「体験」に能動的な形で参加できる、という体験ありきのデザインをしたからこそ、大きなお金を動かすことができたわけだ。

良い音楽を作ればそれで売れる、という時代は終わった。リスナーは何にだったらお金を払うのかを冷静に見極め、それに合わせてきっちりとデザインしていくことが、「売れていく」ことを考えるうえでは、すごく大事だと思うのだ。

ただ、それは女に媚びるとか、大衆受けするようなことを目指すとか、そういう話ではないし、握手券を付けたらそれでいいのか?という話でもないと思う。

ちなみに、体験のデザインってことをすごく意識してCDを作ってるのが、ゴールデンボンバーだったりして、毎回色んなものをセットにして売ったりしている。(めんどくさいので、ここでは紹介しないが)

三浦大知の「球体」では、より音源の世界観を堪能できるダンスDVDをセットに販売した。これもCD作品を堪能するという「体験」をより強いものにするあり方のひとつだなーと感嘆した。

また、まだ具体的な情報解禁はしていないけれど、ホルモンの11月の新曲発刊だってその流れのひとつだと思う。

どういう販売をするのかは知らないが、CDを購入するという「体験」をより強いものにするためのデザインがされている気がする。

どういうデザインが正しいデザインなのか?というのはまた別に掘り下げるべき話だし、あくまでそれは作ったCD音源と重なるようなもの、アーティストのブランドと重なるとのでないとあまりが意味がないと思うが。

まあ、こういう細かいところにもクリエイティヴを発揮できるバンド・アーティストがこの先も強いのだろうなーとそんなことを思ったただの雑感。妄想。

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