LINEで送る
Pocket

Twitterでライブの感想がよく上がる。

スポンサーリンク

それをみて、行けなかったライブに想いを馳せることもあるし、絶賛のツイートをみると、なんだか僕の気持ちもワクワクする。

端的に言って、見ていて楽しい。

話は変わって、BUMPもついに2017年の全国ツアーをスタートさせたわけだが、始まるや否や、ライブにおける絶賛ツイートが雨嵐って感じで、「やばい」「感動した」「泣いた」のオンパレードで、こりゃあ自分がライブに行く日が楽しみだわーってテンションになってくる。

で、僕は自分が行くツアーに関してはあんまりネタバレされたくないから、なるべくセトリをみないように注意しながら、チラチラと感想レポートをみていたのだが、どうにもこうにもTwitterにあがるライブレポートは「キャラ描写」の話が多いように感じた。

あのとき、藤くんがこんな動きをしたとか、その時のヒロはこんな動きで応戦したとか、チャマは普通にカッコよかったとか、升秀夫はとりあえず安定感があった、とか。

おそらく、ライブの本質がBUMPの歌であることに異論がある人はほとんどいないと思う。

が、面白いことにライブレポートに限って言えば、BUMPの歌や演奏に言及している人はほとんどいなく、まるでアイドルライブの観戦をしてきたかのように、メンバーの一挙手一投足しか語られることはないのである。

あったとしても「今回のセトリはやばかった」とか「○○を演奏したとき、号泣してしまった」とかそんな話くらい。

挙句、Twitter上でたくさん格差されるのは「今回のライブではこんなひどいマナーの人がいました、許せません」みたいなくだらない悪口か、「グッズの売り切れませんでしたし、並ぶ時は快適でしたよ」みたいな環境系のお話ばかりなのである。

音楽はどうだったんだの?ということだけは一切語られることがないのだ。(まあ、僕がセトリを見たくないから、意図的にそういう感想を回避しているフシはあるんだけども)

つまり、ライブレポートと言いながら、言及されるのはセトリとキャラ描写(と悪口と環境系)だけなのだ。

まあ、SNSでの感想なんて、そのライブが「良かったかどうか」の反応だけをしていたらそれでいいし、ライブの内容に突っ込んだ感想ツイートをすると、ネタバレになってしまう恐れもあるので、安易には言えないということもあるのかもしれない。

そう言えば、どっかのバンドマンは「今回のツアーのセトリは全て一緒なので、セトリはツイートしないでください。僕との約束です」みたいなことを書いていた。

まあ、僕はこのバンドのライブに行く予定もないので、どうぞ好きにしたら?とは思うけども、ライブの感想をそこまでクローズドにする意味が僕はあまり理解できないし、セトリなんて観たいやつは観たらいいし、観たくないやつは観ないようにするんだから、それくらいアーティストでコントロールせずに自由にさせたらいいのに、と思う。

まあ、このバンドが「俺たちは一生アンダーグランドな空間で生きてくぜ!」っていう気概の持ち主ならいいけど、おそらく売れたいとか大きくなりたいとか色んな人に聞いてほしいとか、そういう志を持っているバンドだと思うんだ。

それなら、別に情報をクローズドして、ネットの空間にライブにまつわる言葉が流れにくくして、萎縮させるような方向にアーティスト自身が向けるのではなく、「開かれたもの」にしたって別にバチなんて当たらないでしょーに、って思うのだが。

スポンサーリンク

僕だって好きなアーティストのセトリは見ないようにして、何を歌うかなーってワクワクしながらライブを観たい派ではある。

けれど、そんなに興味がないバンドのライブなら、行く前にセトリを全部チェックして、これとこれ歌うんだー予習しとこ!って感じでいることの方が多いし、ライブにおける一番ワクワクする瞬間というのは「自分が知っている歌(あるいは、聞いてきた歌)がライブで再現される瞬間」なわけで、そういう楽しみを確実なものにするためにも、セトリをチェックする人ってわりといると思うんだ。

そういう可能性・楽しみ方を閉ざすのは、果たして色んな意味で「意味があること」なのかなー、なんて思ったりしてしまう。

おっと。話が少しずれてしまった。

この記事でいいたいのは、ライブレポートの中身についてである。

さて、話はを戻していくが、たまにライブレポートを吐き出しまくるアカウントをTwitter上で見つけたりするが、例えばBUMPのライブ感想レポートを連打するようなアカウントの「伸びてるツイート」は、どれをみても、基本は「キャラ描写」のことばかりであり、むしろ、そのアカウント自身が音楽の感想についてつぶやくことはなかったりすることの方が多い。

感想から、音楽の描写は完全に切り捨てられているわけだ。

もちろん、その人が音楽を蔑ろにしているわけではないのはわかる。

単純に音楽を言語化するのが難しいし、音楽に受けた感動を言葉にするなんて、なおのこと難しいわけで。

けれど、難しいなら難しいなりに表現の仕方があると思うし、どうせならそういうところも含めての熱狂的な感想レポートみたいという気持ちが個人的にはある。

それこそ、藤くんだって「内面」という、言葉では表現しにくいものをあえて言語化しようとするタイプのソングライターなわけで、僕たちだって同じように、幾らでも音楽を言葉にする方法はあるのではないか?なんて思ったりもする。

全然関係ないけど、恋人とかでよくいるじゃん?

「なんであたしのこと好きなの?」って訊くやつ。

その「好き」の感情に中身があるのかどうかはともかくとして、訊かれたら、好きという感情を論理的に言語化していく作業を進めるわけじゃん?

そして、それを相手に伝えるわけじゃん?

それと同じことだと思うのよ。

好きなアーティストの音楽を言語化する作業というのは。

だから、考えたら、できるはずなんだよね。

少なくとも「できない」ことはないと思うんだよ。

まあ、そもそもロッキンレベルのライブレポートでも、MCを引用してそっからアーティストの物語に結びつけるような、結局のところ「キャラ描写」しかできていないライブレポートの方が多かったりはするんだけども。

だって、ライブレポートで音楽の話を期待している人なんて少数派で、ほとんどの人は、物語的な話やキャラ描写の話の方が期待しているし、そっちの方が読んでいて楽しい!と思う人が多いんだけどね。(だから、キャラ描写ばかりが格差されるわけで)

実際、日本のアーティストは音楽性よりもキャラクター性を大事にしているし、「売れるバンド」と「売れないバンド」の違いは、ライブレポートにおいて、「キャラ描写」がネタになるかどうかだと思うのだ。

売れないバンドは「キャラ描写」をしてもネタにならないし、ネタにならないからこそ、売れないバンドのままであるとも言えるわけで。

というわけで、僕がBUMPのライブに行く時はとんでもないライブレポートを上梓するわ、という究極の前フリなのでした(たぶん無理だと思うけど)(下手したら書かない可能性が高いけど)

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket